伊丹十三賞 ― 第6回受賞記念トークショー採録

リリー・フランキー × 周防正行 トークショー
テーマ「いかにしてリリー・フランキーになったのか」(5)

2014年11月12日/松山市総合コミュニティセンター キャメリアホール
登壇者:リリー・フランキー氏(イラストレーター、作家、俳優など)
     周防正行氏(映画監督)
ご案内:宮本信子館長

周防 中学から高校へ行くときに、これまず人生の転機じゃないですか?
リリー それはなんか「ちょっとこの町を出たいな」っていうのと、どっかで子どものときから、「自分がおふくろの邪魔になってんじゃないのかな?」とも思ってるんでしょうね、たぶん。
周防 リリーさんの人生を、小説『東京タワー』を頼りに考えると…… 中学から高校へ行くときに一人暮らしを選択して、越境入学されるんですよね?
リリー そうなんですよね。だから15歳から一人暮らしなんです。
周防 それ、「一人暮らしになったらこんなことができる、あれもできる」とかっていう、そういう具体的な欲望とかはあったんですか?
リリー いや、全然なかったですね。
周防 漠然とした……
リリー うん……そうですねぇ……。毎日学校には遅刻するようになりましたね。やっぱり起きれなくて。
周防 場所はどこでもよかったんですか?一人暮らしできれば。
リリー 場所はどこでもよかったんですけど、たまたま「越境入学して美術学校に行きたいな」っていうのがあって。
周防 あっそうだ。美術の話をそういえばしなかった。中学生のときは、別に美術部にいるとかそういうことではないんですか?
リリー 全然なかったですね。
周防 じゃあ、相変わらず絵を描いたりっていうことはしてらっしゃった?
リリー 絵描くのは……もう漫画の連載は自分の中で終わってて。ラジオ番組を作ってたんですよね、野球部のファーストのやつと。
周防 (笑)
リリー ちゃんとカセットで。いろいろ自分で台本書いたの読んで、何か曲入れて。次の日にカセット渡してそれを交換する、みたいな。
周防 へぇ〜それでも美術学校に行こうと。
リリー なんか、一人暮らしする理由が欲しかったんじゃないですか?「普通の学校行くんだったら地元の学校行け」って言われるから。
周防 なるほどね。「その学校行くためには越境しないとダメなんだよ」っていう一人暮らしの理由が欲しかった。
で、実際の一人暮らしっていうのは――でもきっと今の話聞いてると、漠然としたものだったから――ギャップも何もないですよね。一人暮らしっていうものを経験して、どんな生活でした?

リリー ことさら淋しいって感じもなかったです。
一人暮らしになったからといって、母親と一緒にいたときと、大幅に変わったことはあんまりないような気がします。

周防 一人暮らしといっても自炊とかではない。
リリー はい。近所の定食屋さんと月決めで契約してもらって通うとか、下宿に入ったら下宿のおばさんに食べさせてもらうとか。
周防 あと、例えば着るものであるとか、そういうのはお母さんが送ってくれたりとかするんですか?
リリー 送ってくれたり、自分で買うようになったりですかね。
周防 じゃあ、お小遣いもある程度は貰って。
リリー 小遣いっていっても使うことがないんですよね、ほんとに。

講演会の様子

周防 高校生で一人暮らしをして、自分のことを監視する大人が身近にいない中で、どういう生活を?
リリー いきなり一人暮らししてる15歳の子どもって少ないから、なんか……たまり場になりがちじゃないですか。
周防 ああ、はい。友だちがやっぱりよく来た。
リリー 同じように一人暮らししてる女の子がいて、同級生とかが。だいたい一人暮らしすると、女の子は間違いなくすぐヤンキーになるんですよ。で、そのヤンキーの子がヤンキーの子連れて、いきなりオレんちに夜遊びに来たりするんですけど。いかんせん性欲も微塵もないもんだから、「早く帰ってくんねぇかな」ってずっと思ってるだけなんですよね。
周防 へぇ……。
リリー 今の感覚であの時代に戻りたいんですよ、だから(場内笑)。
周防 (笑)じゃあかなり、大人の目からそれを見たら「乱れた生活」っていうことなんですか?
リリー いや、そんなことないんじゃないですかね。
周防 ああ、そうなんですか。学校には行ってた?
リリー 相変わらず、学校では消しゴムのカス集めてボール作ってましたから(場内笑)。
周防 楽しかったですか?
リリー 高校時代、そうですね……もうでも高校時代には「早く東京に行きたいな」って思ってたので。
周防 もう今度は「次なる場所」がイメージにあったんですね。
で、性的な目覚めっていうのはまだ訪れないんですか?

リリー まだなんですよね。だから大学に入ってもまだ童貞のまま……童貞1年生でしたからね。ほんとに爽やかな。
周防 でも、誰かを好きになるっていうことはあるわけですよね?
リリー そうですね。なんかその感覚もちょっとぼんやりしてるんでしょうね、たぶん。
周防 例えばね、テレビとか映画とか見て、女優さんに憧れるとか。
リリー それはありましたよ。一番最初はアグネス・ラムでした、ぼく。
周防 ああ、はいはい。
リリー アグネス・ラム、大場久美子、松田聖子。
周防 はい。わりに、メジャーどころを。
リリー そうですね、アグネス・ラムの横にはブルース・リーのポスターを貼ってたから、半裸の人が好きだったんでしょうね、たぶん(場内笑)。
周防 (笑)なるほど。
あと、中学時代と違って新しく興味を持った世界とか……

リリー 小学校高学年になって自分のお金で映画館に行くようになって、「映画に行きたい」って。映画館は小学校後半から中学校、高校、大学生……そうですね、あとライブを見に。
周防 あ、ライブ。そのライブは、要するにあれですか?地元のバンドとかじゃなくて、東京から来てるのとかそういう……
リリー そういうものも見たがるようになるし。映画も、筑豊じゃないところに住んでると、ロードショーが観れる。
周防 はいはい。
リリー 例えば「『地獄の黙示録』どっかでやってるらしいね」っていう感覚で、筑豊ではいるわけじゃないですか。
周防 はいはい。
リリー 「汽車に乗んないと、あんな映画見れない」とか。それが、歩いてると映画館でやってるっていう。
周防 なるほど、じゃあやっぱり都会に出て来たんですね。
リリー うん、都会に来て「映画が観やすいな」って思いました。
周防 友だちも、さっき言った「ヤンキーの女の子が連れてくるヤンキーの仲間」っていうのは、友だちになって、ちゃんと友だち付き合いみたいなのはしてたんですか?
リリー してないですね。
周防 してない。高校時代の友だちっていうのはどんな感じだったんですか?
リリー 高校時代の友だちは、みんな地元にいるんじゃないですかね、今。
周防 その当時付き合ってる友だちと一緒に遊ぶ、その「遊びの質」はどうですか?やっぱり映画とか友だちと行くんですか。ひとりで行く?
リリー ひとりで行くことの方が多かったかもしれないですね、中・高のときは。なかなか1本の映画観るのに二人タイミングが合って観れるとかっていうの、お金的にも難しかったかもしれない。
周防 ああ。高校時代は、クラブ活動は?
リリー テニス部です。
周防 テニス部!今度はテニスですか。これはどうでした?
リリー テニス部しか男子が入れる運動部がなかったんですよ。しかも軟式テニスなんですよ。
だから、柔道、野球、軟式テニスってどんどん柔らかい感じになってきて(場内笑)、今に近づいてきてるんでしょうね、たぶん。

周防 その、クラブ活動は一生懸命やってた……
リリー 一生懸命やってましたけど、そのクラブ活動自体が「本気で県大会目指しましょう」みたいな、全然『がんばっていきまっしょい』な感じじゃないんですよ、なんか。
周防 ああ。
リリー だからまぁ、普通に運動してるっていう。
周防 どういう……美術の専門学校なんですか?専門学校って言ったらあれか……
リリー 美術の授業が、1日に確実に2時間ぐらいはあるっていう感じ。だいたい7時限ぐらいまであるんですけどね。普通の授業があって、美術の授業がある。
周防 美術はやっぱり楽しかった、面白かった?
リリー ちゃんと基礎を習ったことがなかったので、ちゃんとデッサンを覚えるとかいうのは楽しかったです。
そこで気がついたんですよ。「オレ、結構絵下手なんだな」って。小学校のときは「たぶんオレが一番クラスで上手い」と思ってたんですけど。
高校に入ったときも大学に入ったときも思いましたね、「上手いやつは、いっぱいいるんだな」っていう。だから「上手くなろう」っていう努力を早々に諦めました。

周防 (笑)
リリー あのとき諦めてなかったら、今オレが描いている『おでんくん』もかなり立体的だと思うんですけど(場内笑)。オレ、めんどくさいから正面しか描かなくなっちゃいましたからね。
周防 (笑)音楽の傾向はどうですか?
リリー そうですね。母親に中1の時にギター買ってもらってから……そうですねぇ。ギター弾きながら……。
ぼくらの子どもの頃は、家でビデオを観たりっていうこともないじゃないですか?

周防 ないですよね。
リリー だから家に帰ったら映画に触れるっていうのは、もう『ロードショー』読むとか、「読む映画」ですよね、もう。
周防 うん。で、よく『ロードショー』とかに出てる写真を見て、それを模写したりっていうか、描きませんでした?
リリー ああ、描いてましたね、描いてました。そうですね。家ですることが、さほど無かった。
周防 で、高校生のときに東京をイメージしてた。そうすると、大学受験っていうのは、やっぱり東京に行くための動機づけ?
リリー そうですね。だから「大学落ちたら、別に大学行かなくていい」と思ってました。「東京に行く」ってことだけ決めてたんで。
周防 受験するのはやっぱり美術系のっていうのはあったんですか?
リリー そうですね。自分が行った美大1個だけを受けて、それ落ちたら別に考えようかなって思ってました。
周防 じゃあ、学校の授業としての美術の成績っていうのは良かったんですか?
リリー 全然良くなかったですよ。
周防 さっき、「自分より絵の上手い人はたくさんいる」と。その中でも、美術をまた選ぶわけですよね?
リリー う〜ん。学校の美術の点は良くなかったけど、「点が悪い理由」っていうのを、子どもながらにずっと思ってましたよ。
例えば、小学校・中学校で教える絵っていうのは、いわゆる「基本的なもの」じゃないですか。

周防 はい。
リリー オレも、小学校1年生の頃から「締め切りを守って毎日絵を描いてる」っていう自負があるわけで、学校の先生の言うことを鵜呑みにするほど、素直じゃなくなってるんですよ。
周防 ああ。
リリー 課題で「亀の絵をみんなで描きましょう」みたいなのがあって、甲羅の1個1個に色を違えて描いてたんですけど、先生が「緑の横に赤い色を描くな」って言う。「これはハレーションっていって、色の境目がチラチラするから」って。オレは「なんで、緑の横に赤を描いちゃいけないのか?」って。先生は「ハレーションを起こすから」って。「なんでハレーションを起こしちゃいけないのか?」っていう。
周防 ああ。
リリー ね?そういうことじゃないですか。
周防 はい、はい。
リリー で、「この先生からは悪い点をつけられても構わない」と思った。
周防 すごいなぁ……。
あの、ちょっと飛ぶんですけど。似たようなお話が、実は就職試験のときにもあるんですよね?

リリー そうですね、はい。
周防 ちょっと飛ぶんですけど、その話もなんか……
リリー 就職するつもりもなかったし、おふくろの「なんか受けろ」っていうのがあったんですけど。
あれなんでしょうね、絵描きになりたいのか何したいかわかんないっていうか、「何か表現したい」っていう気持ちだけはあるんですよ。
――そして特に、ぼく、大学1年ぐらいの時に伊丹さんの『お葬式』を観てるんですけど……

周防 はい、はい。
リリー 『お葬式』からの一連の伊丹作品っていうのを観たり、周防監督の『ファンシイダンス』『シコふんじゃった。』とかを観て。
「映画って、ものすごくマッチョな人たち――自分とあんまり関係ない人たち――が作ってるものだ」ってどっかで思ってたんですよ。でも伊丹さんの映画とか周防さんの映画とかを観てると、なんかそうじゃなくて。
言い方が適切かわからないんですけど、「繊細な人が作ってる映画を観てる」っていうんですか?

周防 (笑)
リリー 映画会社でマッチョに「オラ!」とか、助監督をボカンと殴ってる臭いがする映画じゃない、「何か現代的なものを観てる」っていうので、余計そういうものに憧れるようになるんですかね。
そして、「伊丹さんはこういう文章書いてるんだ。もともとデザイナーだったんだ」とか、「わあ、イラストすげぇかっこいいな」とか、そういうふうになって。何かひとつに決めるっていうことが絶対いいことだとされてたけど、そうじゃないんだなって。
なんか、その時点でも自分が絵描きになりたいのか、何になりたいのかわからなくて。今でもそうですけど。
「何か表現したいんだ」っていうことに、この伊丹十三っていう人みたいに、いちいち「ちゃんとしたもの」を作っていけばいいんだっていうので。なんか「それでいいんだ」みたいなこととか、「こういう映画があるんだ」みたいなこと。
だから、東京に行った感受性は、そこでしたね。

周防 ああ……。

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