伊丹十三賞 ― 第6回受賞記念トークショー採録

リリー・フランキー × 周防正行 トークショー
テーマ「いかにしてリリー・フランキーになったのか」(4)

2014年11月12日/松山市総合コミュニティセンター キャメリアホール
登壇者:リリー・フランキー氏(イラストレーター、作家、俳優など)
     周防正行氏(映画監督)
ご案内:宮本信子館長

周防 小学校低学年のときに、無茶な遊びとかをして。
だんだん成長してきて、今お話に出た「ちょうど中学生くらいになるとき」って、いろいろ変わってきますよね。例えば女の子に対する興味とか。

リリー ぼく、それがすっごい遅かったんですよ。幼稚というか。高校生の時も「消しゴムのカスでボール作るのに夢中」みたいな高校時代でしたから(場内笑)。
周防 (笑)
リリー 本当に、性の芽生えがめちゃくちゃ遅かったんですよね。
周防 へぇ……。
ぼくが小学生の頃を振り返ると、小学校5〜6年生になると、当時だとね『平凡パンチ』とか『週刊プレイボーイ』とか、カラーグラビアでヌード写真があるような雑誌を、「なんかわからないけどドキドキして見てた」っていうのがあるんですけど。そういうこともなかったですか?

リリー すんごいオレと前野が幼稚でしたね。真面目なわけじゃないのに、そういうことに全く興味がないんですよ。あいかわらず「昆虫とうんこで大爆笑」みたいな(場内笑)。
周防 (笑)他に、いろんな興味――要するに女の子以外でも、例えばさっきおっしゃった野球をやってらっしゃいましたよね――いろんなことへの自分の興味っていうのは、どういうふうに広がっていったんですか?
リリー まぁ、あとは映画と音楽になっていきますよね。
周防 あ、映画も好きでご覧になってた。
リリー 都会と違って田舎の映画館って、だいたい3本立てでしか来ないんですよ。ロードショーのものは来ないから。
例えばホラー映画が流行ってたときとか、『エクソシスト』や『サスペリア』は小倉まで行かないと観れないんですけど、その『サスペリア』の三番煎じの『デアボリカ』みたいな映画が来たぞっていうときには、何かと同時上映で3本になってるんですよ。
だから、ブルース・リーの映画も絶対3本立てでくるし、『ダーティーハリー』も、1・2・3絶対観なきゃいけない、みたいなことになってるんですけど。
好きな映画を観に行くと――『デアボリカ』を観に行ってるのに――ヤコペッティを一緒に観るとか。なんかイタリアのちょっと思春期もののいやらしいやつ観るとか。っていうので、すごく雑味を覚えましたね。

周防 うんうん。それありますね。
リリー 意外と目当てで観に行ってるものよりも、そういう無理やり観せられた雑味のものがすごく印象に残ってる。
周防 それはわかりますよね。自分が「その映画を観たい」って観に行ったのに、2本立てのもう1本の方が妙に心に残ってしまう。
リリー そうなんですよね。
周防 だから、自分の興味っていうか、自分の持ってる世界をちょっとはみ出したものに触れることで、世界が広がるっていうことがあるなっていうのは、よくわかります。音楽はどういうものを聞いて……
リリー 音楽は、普通に小学生の頃はアニメの曲みたいなのでしたけど、やっぱりビートルズが大きかったんじゃないですかね。
周防 ああ、でも世代としては……
リリー 全然リアルタイムではないです。
周防 ビートルズで最初に衝撃を受けた曲とかって憶えてますか?
リリー それまでは、周りの人たち――友だちのお兄ちゃんたちはみんな100%ヤンキーですから――だいたいみんなキャロルかクールスしか聞いてないんですよ。その中でビートルズのレコード持ってても、レコードを再生できる家が少ないんですよね。そこの家で聞くっていう。
初めて買ってもらったビートルズのレコードは、オレが風邪ひいて寝てたときに、おふくろが「なんか欲しいものあるか?」って。「ビートルズのレコードが欲しい」って買ってきてもらったのが、ライブ盤だったんですよ。

周防 ああ、はい。
リリー 生まれて初めて聞いたライブ盤――ライブ盤でさえ聞いたことなかったので――「なんだ?このレコードは」って思ったんですよ。人がキャーキャー騒いでるし、当時のビートルズのライブ盤って、客の声の方が音楽よりもでかいんですよ。
周防 なるほど。
小説読むと、皆さん読んだ方は憶えてらっしゃると思いますけど、お母さんとの関係が多い小説なんですけど。お母さんの愛情――ちょっと恥ずかしい言い方になっちゃうんですけど――「愛」みたいなのが本当にあふれていて。
これも後で小説の中では良い伏線になってましたけど、「赤痢騒ぎ」があった時にお母さんが……

リリー そうなんですよ、伝染病に罹ったことがあるんですよ。
周防 ねぇ。
リリー もうこれぐらいの年になると、だいたい人集まると、病気自慢にならないですか?「いやいや最近もうね、健診があって大変だよ」みたいなこと言うんですけど、なんかオレの中ではまだ甘いんですよね。「だってお前、隔離されたことないでしょ?」っていう(場内笑)。
オレなんか伝染病で隔離されて、病気で新聞に載ったことがありますからね。しかも6歳ですよ。そら渋くなりますよ。だってオレは、「この線から先の廊下を歩いちゃダメ」って言われましたからね、病院で。そして伝染病患者として新聞に載って、しかもオレが伝染病になったおかげで、学校の人たちみんな注射打たれて泣いたんですからね(場内笑)。学校じゅう消毒ですからね。
でも、ふつう伝染病とか赤痢とかって、他の人もなってるけど、「オレひとりでなってる」っていうのが、かなりミステリアスじゃないですか?

周防 はいはい。感染源がわからない。
リリー わからないっていう。
周防 ほんとに赤痢だったかどうか?っていう。
リリー ねぇ。それで隔離病棟で。でもさすがに母親も、6歳の子どもひとりで隔離病棟に入れるのかわいそうだと思ったみたいで、母親も一緒に隔離病棟入ったんですよ。で、一緒の部屋にいて。
面会するときは、緑の廊下と赤の廊下の境目にこういうテーブルが置いてあって、テープが貼ってあるんです。テープのこっち側は伝染病なんですよ。こっち側は民間の方が来るところなんですけど(場内笑)。うちのおやじがお見舞いに来て、「お前、大丈夫か?」って言ってポケットからタバコをポーンって投げたら、テープの間をスルスルスルスルって。それを見た看護師さんが、プシュー!って消毒液を(場内笑)。あれ結構傷ついたんですよね。「そんなナーバスな感じなんだ」と思って。
でもその隔離病棟は、いろんな伝染病の人は同じ建物にいるんです(場内笑)。
その当時流行ってたおもちゃで、プラスチックのカップの中にピンクのスライムみたいなブヨブヨしたものがあって、それをストローで刺してプーって膨らますと風船がプーって膨らむっていうおもちゃがあったんです。オレ、それ欲しかったんですけど買ってもらえなくて。
そしたら、同じ病棟にいる高校生くらいなのかな、お姉ちゃんがそれを持ってて、いっつも貸してもらってたんですよ。でも20年くらい経って「あの人、何の病気だったんだろう?」って(場内笑)。そこ、一番シェアしちゃいけないやつじゃないですか。院内感染ってやつですもんね。

周防 (笑)おおらかな……。

講演会の様子

リリー 何かしらの伝染病であることは間違いないですよ、あのお姉ちゃんも。
周防 (笑)お母さんはその中で一緒に。同じ線の内側に入って。
リリー そうですね。
周防 母親に愛されて――そんなことを、子どもがあらためて思うことはないのかもしれないんですけど――母親の愛情っていうのは、やっぱり振り返ってみると相当感じましたよね?
リリー そうですね。自分が大人になって、「同じことができるんだろうか」っていうことは思いますけど。
でも、1年生だったからよかったんでしょうね。あれ、ぼく4年生とか5年生で隔離されてたら、たぶん一生あだ名「赤痢」じゃないですか(場内笑)。

周防 ぼくの友だちに「蟯虫」ってのがいました(場内笑)。
リリー 一生「蟯虫」じゃないですか。小学校の時につけられたあだ名って、フォーエバーですからね、あれ。危ないとこでしたよ。京都に「赤痢」ってパンクバンドがあったんですけど、なんかリスペクトがありましたもん(場内笑)。
周防 (笑)「赤痢」っていうパンクバンド?
リリー あったんですよ。
周防 へぇ〜。
お母さん、本当に素敵なことをいっぱい言ってらっしゃるんですけど。「男が金のことでグチャグチャ言いなさんな」っていうふうにお母さんに怒られたことがあると。それはどういう機会だったんですか?

リリー なんか「金のことで男が細かいことを口にするな」みたいな。それは結構きつく言われたんで、刷り込まれてると思うんですよね。
周防 あと、小学生ぐらいで、母親のことで、言葉でもエピソードでも何か心にひっかかってるというか……ありますか?
リリー なんですかね。あんまり細かいことを言う親じゃなかったですよね。それは父親もそうですけど。父親って、だいたいうちに限らず「いい役どころ」を取ろうとする傾向あるじゃないですか?
周防 はいはい。
リリー 現場はお母さんがやってんのに、父親は節目で出てきて印象的なことを言って。「名前でもエンドロールのトメ(最後)に入れてもらうよ」みたいなセリフを言いたがるっていうんですか?だからうちの親父も、ちょいちょい会ったら良いことは言ってましたね、うん。
だから、あんまり「何をしたいあれをしたい」っていうことには、干渉されたことがないかもしれないです。

周防 幼少期の、母と自分とおばあちゃんとの生活があって。小学生になり、今度、中学に行く。
中学生になって、自分の中で「あ、こういう変わり方したんだ」と今振り返って思う何かありますか――思春期ですけど。

リリー まぁ、ほぼ性にも目覚めてないので、小学校・中学校は、まずマインドが全然変わってないですよね。
周防 そうですか。
リリー あと、部活に入って「先輩が怖い」っていう感覚が。いわゆる「タテ社会」みたいなのを知るっていう。
周防 クラブは何部に?
リリー 野球部でした。
周防 ああ!

講演会の様子

リリー 70人新入生が入って、先輩が怖すぎて最終的に9人しか残らなかったんですけど。自然とレギュラーになれたんですよ(場内笑)。
周防 (笑)ポジションは、どこやってらっしゃったんですか?
リリー ぼくキャッチャーやりたかったんですけど、セカンドになりました。
周防 先輩が怖いっていうのは、要するに練習が厳しい……
リリー いや、筑豊のヤンキーの人、本気で怖いんですよ。
だって「野球部に入ってるのにヤンキー」ってまずおかしいじゃないですか(場内笑)。で、野球部に入ってるのに、試合に出てる人は坊主じゃないんですよ、うちの中学。試合に出てる人、みんなリーゼントでポマードつけてて。「髪の毛崩れるのが嫌だ」って言って、帽子かぶって試合に出ないんですよ(場内笑)。

周防 それ許されたんですか?
リリー いや。当然そんなチームだから弱いんですけど、いじめはメジャー級のいじめなんですよ(場内笑)。
周防 例えば具体的にどういう?
リリー 雨が降ったら、「とにかく死んでしまいたい」と思うっていうか。グラウンドに出られないから、室内練習で死ぬほど腹筋させられた後に、「説教」って呼ばれてる、なんか「黒ミサ」みたいなやつがあるんですけど(場内笑)。
部室にバットを2本並べられて、そこに正座するんですけど、ここ(太ももとふくらはぎの間)にもバットが入ってるんですよ。で、先輩がそこの上に座りながら、いろいろ「あらぬいじめ」を仕掛けてくるんです。最終的に「好きな子の名前を大声で言え」って。精神的にどんどんダメージ受けるような攻撃がくるんですよね(場内笑)。

周防 中学1・2年生の時はそういう生活だった。
リリー 中学1年生の時に見る中学3年生って、めちゃくちゃ大人に見えますよね。
周防 はい、そうですね。ぼくも中学野球部だったんでよくわかります。
リリー ねぇ。いま会ったら、「あのガキぶっ殺してやろう」と思うような、それくらいの、まだガキじゃないですか、中3なんて言ったら。でも相当大きいですしね。
周防 そうですね。野球自体は楽しかったですか?
リリー 野球の記憶がほぼないんですよね(場内笑)。「しごき」と「いじめ」の記憶しかなくて。
周防 えっ、でもそれ3年間やったわけですか?
リリー やりました。
周防 それ、すごいですね。
リリー もうなんか癪だったんでしょうね、辞めるのが。最後「癪だな」と思ってるやつだけが残ってるから、上手いやつほとんど残らなかったんですよ(場内笑)。
周防 ああ(笑)。で、ご自身も後輩にそういう……
リリー そういうの、やらないことに決めたんですよ。みんなで話し合って。
周防 それは、同学年で話し合ってってことですか?
リリー 同学年で話し合って。そしたら、入ってきた後輩がガムを噛みながら練習してたんです。もうその行為っていうのは、オレらがもし同じことをしてたら、死を意味する行為なんですけど(笑)。
周防 (笑)。
リリー そのことをオレの同年代のキャプテンが注意した時にこづいたら、それが問題になって、オレら3週間くらい練習できなかったのかな……「痛しかゆし」ですけどもね。
でもおふくろは、そうやってオレが殴られたりして帰ってきてるのは、「鍛えてもらえ」って言ってるぐらいの感じでしたね。

周防 ああ……「筑豊の感覚」がよくわからないですけど……
リリー だって本当にヤンキーの人って、学生服じゃなくて、シャツの上に「どてら」着てくるんですよ(笑)。
周防 (笑)学校に「どてら」?
リリー 学校に。
周防 ま、でもご自身としては、しごかれつつも、いじめに遭いつつも、マインドとしては小学生とあまり変わんないままで。
リリー 変わんないんですよね。そんなに好きな人ができるとかでもなく。
でも先輩が、「明日、全員誰かに告れ」っていうことで、告らざるをえないみたいな(笑)

周防 へぇ〜、それでやったんですか?
リリー 告白して「彼女」という人ができるんですけど、まったく性に芽生えてないんで、その人と廊下ですれ違うのも嫌なんですよ。
周防 (笑)
リリー そのままオレ、高校生になってるんで。だから九州に帰って清々しいのは、何ら肉体関係のある人が地元にいないんですよね。爽やかなもんですよ(場内笑)。
周防 (笑)

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