記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2019.09.16 クリアファイル、人気です

書類の整理や仕分けに便利なクリアファイル。
職場や学校、ご家庭で、日常的に使われる方も多いのではないでしょうか。

ご存知の方も多いと思いますが、ここ記念館ショップではクリアファイルを販売しています。
サイズはA4とA5の2種類があり、サイズごとに2種類ずつ異なるデザインをご用意しています。どれも伊丹さんのイラストなどがプリントされた「伊丹十三記念館オリジナル」のクリアファイルなんですよ。

お土産だけでなく自分用の普段使いに買われる方も多く、もともと人気商品の一つでしたが、特にこの7・8月は、以前にも増して多くのお客様が手に取ってくださいました。
お買い上げいただいた数だけでいくと、ポストカードや十三饅頭に次ぐ第3位!

記念館のロゴが入ったクリアファイルを、たくさんの方に使っていただけるのは本当に嬉しいです。

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クリアファイル4種類

 

20190916-2.jpg記念館のロゴ(種類によっては赤文字になります)

中でも、より持ち運びしやすいという点から、特にご旅行中の方を中心に人気なのがA5サイズのクリアファイル。ちょっとしたメモ書きやチケット類をはさむのに重宝するようです。

20190916-3.jpgA5のクリアファイル

A5サイズ2種類のデザインのうち、一つは1971年4月に雑誌「ミセス」に掲載された伊丹十三のエッセイとその挿絵がプリントされています(すぐ上の写真右)。ちなみにこのエッセイの原画は常設展示室に展示されていて、また、ショップでは、同じデザインのポストカードも販売中です。
そしてもう一つは、昨年12月から今年2月にかけて発売された『伊丹十三選集』(全三巻・岩波書店)の、第一巻から三巻のケースにプリントされた伊丹さんのイラストを並べたデザインです(写真左)。『伊丹十三選集』刊行を記念して作ったクリアファイルで、今年3月に販売を開始してから、あっという間に人気商品のひとつになりました。


お越しの際はぜひご覧になってみてください。記念館オンラインショップでもお求めいただけます!

スタッフ:山岡

2019.09.09 鉛筆派

先日のこと。
外出先でメモを取るのに鉛筆を使っていましたら、「ペン忘れたんですか!? よかったらこれどうぞ!」とボールペンを差し出されました。いえいえ、鉛筆派なので...これでいいんです...スミマセン。

このお仕事をしていますと、資料の汚損・破損を避けるために、インクペンやシャープペンシルを使えないシーンが多々あります。気付けば鉛筆派になっている、っていうのは"学芸員あるある"かもしれません。
それから、よその博物館や図書館へ行ったときにも、ペンしか持っていないと困るんですよね。お願いすれば貸していただけるとはいえ(もちろん、記念館でもお貸し出しいたします!)、すぐにその場で書き留めてしまいたいことってあるじゃないですか。

そんなこんなで、休みの日もペンより鉛筆を持ち歩くようになったのですが、「ペン忘れたんですか!?」と言われるところからすると、いい大人が、いつ何時でも、しかも人前で鉛筆を使うのって、ちょっと変なのかもしれません。
「気を遣われるのも何だしなあ」と、あらたな筆記具を求めて文房具屋さんを物色しにいきました。

結果――

uni_dozen.jpgどーーん! 消しゴムつき!

携帯に便利そうな、スマートなペンも買ってみたんですけどねえ、トンガった感じとか、金属製の角張ったパーツとか、手ざわりがどうも...じきに使わなくなるのが目に見えるようで...やはり鉛筆を買ってしまうのでした。ダースで。

ユニを買ったのは、塗装がちょっとポッテリとしていて感触のやわらかさが好き、というのもありますが、伊丹さんの真似っコでもあります。

pencils.jpg≪常設展示室より≫伊丹十三愛用の筆記具。
三菱鉛筆のユニが特にお気に入りだったそうです。
(ちなみに、緑色の鉛筆も同じ三菱鉛筆の「9800」です。)

pencil_uni.jpg芯の濃さは2Bが定番。

原稿もメモも絵コンテも、書き仕事では鉛筆派だった伊丹さん。
展示室では、鉛筆書きの直筆資料をいろいろとご覧いただけます。

ososhiki_junbiko.jpg≪常設展示室より≫映画『お葬式』シナリオ準備稿

 
imo_jochu.jpg≪企画展示室より≫エッセイ「薯焼酎」草稿

 
tampopo_continuity.JPG≪常設展示室より≫映画『タンポポ』絵コンテ

コリコリとしたためられた文字あり、サラサラっと描かれた図もあり。伊丹十三の創作現場が自然と想像されるようですね。

ご来館の際は、そんな鉛筆の線までもぜひお楽しみくださいませ。

学芸員:中野

2019.09.02 積乱雲

夏の暑さが落ちつくころといわれる処暑を過ぎ、9月になりました。
松山は朝晩の暑さが随分やわらぎ、記念館の周辺では、夕方になると虫の音が聞こえます。ゆっくりと秋が近づいているのを感じます。

ところで、伊丹さんのエッセイ集『女たちよ!』の中に、こんな一節があります。

"  年を取ったせいか、朝、やたらに早く目が覚める。
  五時、六時、というのに、もうはっきりと目が覚めてしまう。
 永井龍男さん流にいうなら、一息に眠れる時間が、だんだん短くなってきた、というのだろう。
 朝のうちは、そこで、裸で屋上に寝そべって呆然として過す。朝の強い日ざしの中で、青い空、白く光る積乱雲を見上げて、呆然として過す。
 積乱雲などというのは、一体何年ぶりでしみじみ見上げるのか知らないが、実に昔と同じだね、あれは。
 輪郭が、どこか人の横顔に似ていたり、その横顔の形がどんどん崩れながら、峰のほうへ峰のほうへ伸びていったりするのも昔のままだ。
 それから、その峰のあたりの雲をつぶさに見ていると、だんだん綿菓子そっくりに見えてくるのも、これまた昔と同じ。(子供の頃、えらくだだっ広い道だと思っていたのが、大人になってから見ると、どうしても同じ道とは信じられないくらい、みすぼらしい路地だったりするもんだが、綿菓子に関しては不思議にそういうことがないね。昔も大きかったし、今もやっぱり大きい)
 そうして、動いてゆく雲を見ていると、いつしか、雲は動きを止め、われわれの寝そべっている建物が、大地自身が、巨大な汽船のように、音もなく、震動もなく、滑るように動き始めるところまで、何もかも子供の頃とそっくり、そのままだ。
 動くのは、雲か、われか? "

「ウイローの紳士」『女たちよ!』(1968年)より


青い空に湧き上がる積乱雲、この夏もよく目にしました。エッセイに書かれているように、昔も今も変わらぬそのようすを、何とはなしに眺めてしまうときがあります。

20190902_1.JPG開館・閉館作業で外回りをチェックしているとき、
空や雲のうつくしさに気づきます。


8月下旬頃からは、空を見上げると雲が高い位置に浮かんでいることが多くなり、夏の風物詩・積乱雲の出番が減ったようにおもいます。空のようすからも、少しずつ秋が近づいているのがわかります。

20190902_2.JPG中庭から空を見上げると、
季節によって違う空のようすが綺麗に見えます。


とはいえ、日中は、まだ気温の高い日もあります。
夏の疲れが出るころですので、皆さま、くれぐれもご自愛くださいませ。


スタッフ : 淺野

2019.08.26 夏休みの宿題をきっかけに

7月下旬から8月の夏休み中はご家族でのご来館が特に増えますが、きっかけが「学校の宿題」というお客様が毎年何組もいらっしゃいます。

小学校の自由研究、もしくは中学校のレポート課題で「伊丹十三」をテーマに選んだ学生さんが、記念館に "勉強" しに来られるのです。伊丹さんを知らない方が多い年代だと思いますが、この宿題が伊丹さんを知る、もしくは興味を持つきっかけになってくれるので、記念館スタッフとしては「こんないい宿題を出してくれてありがとう!」と感謝せずにはいられません(学生さんは大変かもしれませんが...)。
小中学生の皆さまの目に伊丹さんという人物がどのようにうつるのか、ちょっと楽しみな部分もありますので、機会があれば、できあがった自由研究や課題をみてみたいなぁと思います。

さてそんなふうにご来館いただいた学生さんのうち何名かに、特に印象に残った展示をうかがうタイミングがありました。いくつかご紹介しますと...

まずは常設展示室にある、伊丹さんが小学校の頃に書いた野菜の絵や植物の観察日記。「小さい頃から絵が本当に上手なんですね!」とびっくりしていました。また、自分でハンドルをまわして、布にプリントされた伊丹さんのイラストをみる「手まわし式イラスト閲覧台」も、「自分で動かす展示は面白い」と好評でした。

企画展示室にある「伊丹十三による正調松山弁シリーズ 一六タルトCMセレクション」は、学生さんだけでなく付き添いのご家族(ご両親やおじいちゃんおばあちゃん)も楽しめたようです。伊丹さんが手がけた一六タルトのCMの中から7篇を紹介する約5分の映像では、伊丹さんが昔ながらの伊予弁で語りかけてきます。その中には「どういう意味?」と思う言葉(伊予弁)もあるかもしれませんが、この映像には標準語の字幕がついていますので、ご安心ください!

学生さんだけでなく、ぜひご家族一緒に、伊丹十三記念館ならではのこだわりの展示をお楽しみくださいね。

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小学6年生の時の昆虫観察ノート

 

20190826-3.jpg手まわし式イラスト閲覧台

20190826-2.jpg

字幕付きの一六タルトCMセレクション

そして、来館をきっかけにもう少し伊丹さんのことを知りたいと思われたら、豊富なカラー写真で分かりやすく伊丹さんを解説している『伊丹十三記念館ガイドブック』を手に取ってみてください。『ヨーロッパ退屈日記』『女たちよ!』などの伊丹エッセイにチャレンジするのもおすすめです。

あと1週間を残すところとなった夏休みのお出かけ先として、皆さまのご来館をお待ちしております!

スタッフ:山岡

2019.08.19 「ヤラセ」

毎週月曜日に更新しているこの記念館便り、今は3名のスタッフが順に担当していますので、3週間ごとに当番がまわってくるローテーションでやっています。
記念館について、伊丹さんについて、ご紹介したいことはあれこれとあるのですが、時の経つのが早すぎて、「アレッ、次もう自分の番じゃないの!」と慌てることが(私の場合)しばしばございます。

テキストを作成して、「さーて、これに感じのイイ写真を添えたらOK、今回は季節感のある写真がいいね!」なんていう段階まで進めたところで窓の外を見ると......お天気が悪かったり、日差しの向きが理想的でなかったり......そんなことで、折よく「感じのイイ」写真が撮れる状況でなかったりすることもまたしばしば。

ということで白状するのですが――

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上の写真(2018年7月16日更新分)、実は、館の南側の芝生に落ちていたセミの抜け殻を、西側の桂の幹にくっつけて撮りました......"ヤラセ"だったんです、すみません......

更新された記念館便りを見た同僚の一人が「この写真イイですね~、ちょうどいいところに抜け殻がくっついてたもんですね!」と言ったときには、心臓が止まりかけました。(そしてすぐに自白しました。)

というような、程度の低い私のヤラセ写真の例を導入にして恐縮ですが、ズバリ「ヤラセ」というタイトルの伊丹エッセイがございます。

テレビの仕事に携わっている男と、別の男が「ヤラセとは何か」を語り合う形式のエッセイで、
・ドラマはヤラセに含まない
・では、演技のプロである俳優の日常生活のドキュメンタリーはヤラセか
・演出の都合に合わせて偽の自然を演じると俳優でも素人でもヤラセでは
というような話の後――

* * * * * * * * * * * * *

「じゃあ、台本のある例を出しましょ。農村から中継してる。アナウンサー歩いてくる。そこへさも偶然らしく――もちろん仕込んであるわけだけど、柿を積んだ耕耘機が通りかかる。運転してるのは農家の奥さんね、アナウンサー、コンニチワァ、かなんかでインタビュー始めるね、柿の話から柿狩りの話になる、と、柿狩りのフィルムが出たりする。要するに全部台本通りなのね。耕耘機のおばさんも、もちろんアシスタントのキューで登場したわけだな、こういうのは――」


「そりゃ、なんぼなんでもお粗末なんじゃない? そりゃ確かにヤラセだけど、それは下手すぎるよ、それじゃばれちゃいますよ」


「アレ、妙なこというねえ」


「どうして?」


「じゃあ、ばれなきゃいいって話? だってヤラセだってのはさ、ヤラセがばれてるから問題になってるんでしょ? ばれたらヤラセじゃなくなるわけ?」


「いや、そうじゃないけど、でもばれるってことに関連していうなら、程度のいいディレクターだと、ヤラセをわざとばらしちゃうって場合もあるでしょ。スタッフを映しちゃったり、カットっていったあとしばらくフィルム廻しておいてヤラセやってた人が本来のその人に戻るさまを捉えるとか」


「またあなた新しい問題持ち込んでる。手口を告白してるのはヤラセじゃないとすると、今度は、その告白がちゃんと伝わるかどうか、見てる人がちゃんと読みとってくれるかどうかが問題になってくるわけよ。そうすると、見る人によって、同じものがヤラセであったりなかったりすることになってくるわけだけど――」


「ウワァ、いらいらするねえ、じゃあ、あなたにとってヤラセって何ですか」


「私にとって? さあ何でしょうかねえ、結局私自身の問題としていうなら、僕はテレビを作る場合、人間関係を伝えたいと思うわけね、撮る人と撮られる人の人間関係、撮られる人と撮る人の人間関係、撮る人同士の人間関係、撮られる人同士の人間関係、そういうもろもろの人間関係とテレビを見る人との間に生じる人間関係、これを大切にしたいと思うわけだね。だから――結局私としては、自分自身がいかに自己及び他者と誠実に出会おうとしているか、ということ自体を通路として見ている人と出会いたいと思うわけですね」(後略)

「ヤラセ」『女たちよ!男たちよ!子供たちよ!』(1979年 文藝春秋)
※現在入手可能な書籍では『伊丹十三選集』第3巻に収録されています

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「撮る人と撮られる人」「撮られる人と撮る人」「撮る人同士」「撮られる人同士」「そういうもろもろの人間関係とテレビを見る人」の人間関係を大切にしたい――

作り手としての見解を記した文章ですから「見る人同士」ということはここには書かれていませんが、受け手の側である私たちにとっては「見る人同士の人間関係」も、当然、大切にしなければいけないな、とつながってきますよね。
表現されたものを他の人はどう受け止めているのか、いろんな立場があることを慮って、いろんな意見を取り入れられるようになりたいものです。

先ほど挙げたのは「テレビ」の「ヤラセ」についての文章ですけれども、近ごろ報じられる機会がどうも妙に増えてきた、「表現の自由」の問題に接するにつけ、「自分自身がいかに自己及び他者と誠実に出会おうとしているか、ということ自体を通路として見ている人と出会いたい」という考えを多くの人が持てたなら、防ぐことができた事態が多々あるのだろうな、と感じる今日この頃でもあります。

0819_3.jpg先日の雨の朝、記念館の黒い外壁に映えるカタツムリを発見し、
カメラを向けたら「にょきーーん!」と張り切ってくれたので
載せておきます。ヤラセではございません(笑)

気付けば8月も下旬。どなた様も、ヨイショヨイショと夏を乗り越えてこられたことと思います。あとひといき、油断せずにお過ごしくださいませ。


学芸員:中野