

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2025.08.11 夏の苦み
夏は苦みがおいしい季節。ミョウガにゴーヤにズッキーニ。
苦いお野菜を食べると、暑さに疲れた身体がサッパリするような気がします。
「伊丹十三の『食べたり、呑んだり、作ったり。』」展のスライドショー「伊丹レシピ、私流。」では、8月1日(金)より新作をお目にかけています。7人目となる出演者はエッセイストの平松洋子さん。ご披露くださるのは、平松さん流クレソンのサラダです。
クレソンの苦みもいいですよね。無性に食べたくなって買ってくると「苦っ!こんなに苦かったっけ?」ってなるんですけど、また食べたくなるあの味。
サラダに対する日本人の誤った認識を叱り、サラダの本筋を説いた一連の伊丹エッセイでは、クレソンのサラダはこんなふうに紹介されています。
緑色の野菜というものは、必ず特有のほろ苦さや、辛さや、軽い渋みや、ひりっとした香りを持つものであって、だからこそサラダというものは生き生きとした食べ物なのだ。ドレッシングも生きるのだ。
あの、白っぽい人造レタスに、罐詰のアスパラガスなんかつけて、しかもこれに瓶詰のマヨネーズをかけた、なんて、こんなものをサラダと思ってもらっては困るんだよ、ほんとに。
ま、怒ってばかりいてもしようがないから本格的なサラダを、実例によって記そう。
一例をあげるなら、クレソンのサラダというものがある。クレソンとは水辺や湿地に生える、一種ほろ苦い辛みのある草である。和名をミズガラシという。要するに、ビーフ・ステイクのつけあわせについてくる、太い茎に、小さな丸い葉っぱのついた緑色の植物、あれです。
このクレソンだけでサラダを作ってみよう。これはかなりヨーロッパの味覚であります。
「西洋料理店における野菜サラダを排す」「サラダにおける本格」『女たちよ!』(新潮文庫)より
平松さん「手でちぎってくださいね」。
断面がギザギザになってドレッシングがよく染みるんだそうです。
ドレッシングについては――
まずオリーヴ油にレモン、これに酢をちょっときかせる。そうして、作る過程で大蒜、胡椒、マスタードの粉、塩、なんぞが少しずつはいる。クレソンのサラダの場合は、砂糖をほんのちょっぴり、隠し味として用いることが有効である。
「サラダにおける本格」『女たちよ!』(新潮文庫)より
――そう、お砂糖をお忘れなく!
平松さんは空きビンを活用。材料を入れて、シェイク!
それで、この平松さんのサラダの最重要ポイントはですね......いえ、やはり展示室で驚いていただきたいので、ここでは伏せておきましょう。
少しだけヒントを申しあげますと、甘辛く煮付けたりお味噌汁に入れたりする、大変日本的なあの食品を、平松さんはこんがり焼いてクレソンと一緒に和えていらっしゃいます。
伊丹十三が「かなりヨーロッパの味覚」と表現したクレソンのサラダでありますが、「和! そうきましたか! でもやってみたい!」と唸らせる、平松さんならではのアレンジが効いた一品です。
パンとチーズを添えた盛り付け、カッコイイ!
「エッセイスト・平松洋子のクレソンのサラダ」と「チーズ農家・吉田全作の親子丼」の二本立ては11月30日(日)までお楽しみいただけます。刮目してご来館ください!
学芸員 : 中野
2025.08.04 前庭
先月、記念館便り にてお知らせさせていただいた、宮本信子館長肝いりで生まれ変わった記念館の前庭ですが、あれから1ヶ月が経過しまして、現在のお姿がこちらです。
ちなみに先月の様子がこちら。
比べるとクローバーの勢いが凄いです。
この場所は周りに建物もないため日陰が少なく、この時期には大変過酷な場所でありますが、宮本館長と造園業者NextDoorGardenの玉井さんが二人で綿密な打ち合わせを重ね厳選したユキヤナギやコデマリ、フイリヤブラン等は夏の植え替えにかかわらず全く弱っていません。
毎日水やりをしているお陰か、ヤマザクラも例年よりも元気そうです。
宮本館長のオフィシャルサイトでも、「タンポポだより」が更新されています。宮本館長のこの前庭にかける情熱がおわかりいただけることと思いますので必見です。
宮本信子Official Site タンポポだより
「・・・記念館の前庭・・・」
ご来館の折には是非ご覧ください。
スタッフ:川又
2025.07.28 ラムネ
記念館便りをご覧の皆さま、こんにちは。
毎日毎日暑いですね。しかも、聞くところによると10月頃まで暑さが続くとか...。長期戦になりそうですので、水分・塩分をしっかり取って、お気をつけて毎日をお過ごしください。
記念館の中庭では、毎朝元気な蝉の大合唱が聞こえてきます。この時期、桂の木は蝉たちで大渋滞。幹や枝と同化していて分かり辛いのですが、よく見るとそこかしこに蝉がとまっていて、その数の多さに毎年びっくりします。
中庭の桂(と蝉)。
それぞれの写真に6~7匹ずつ写っています。
さて皆さまは、お祭りに行ったとき、立ち並ぶ屋台で「これはつい買ってしまう」というものはありますでしょうか。
焼きそば、たこ焼き、わたあめ、かき氷、焼きトウモロコシ、チョコバナナ、フランクフルトなどなど、食べ物だけでも書ききれない程たくさん売られていますし、それ以外では射的や金魚すくい、ヨーヨー釣り、お面などもありますね。
ちなみに私は小さい頃、かき氷とりんご飴が定番でした。いつもあれこれ迷うのですが、結局買うのはどちらかだったのを覚えています。
先日来館されたお客様は「お祭りの屋台ではラムネをつい買ってしまうんだよね」という方でした(ここでいうラムネは清涼飲料のことです)。
最近ですとプラスチック容器で売られているのもありますが、このお客様はビー玉が入った、いわゆる昔ながらの瓶のラムネを、お祭りの屋台で買うのが大好きなのだそうです。
そのきっかけが伊丹さんのエッセイだと仰っていましたので、内容を少しご紹介させていただきますね。
私が子供の頃聞いた話ではラムネの壜(びん)は「三田さん」という人によって発明されたものらしい。ラムネの壜は(今の若い人は知らぬだろうが)あれは実に子供心をそそるようにできていたね。
第一に蓋が表になくて壜の中に内蔵されているというアイディアが奇抜である。壜の首の中ほどにビー玉がはいっている。壜にラムネを詰めるとその炭酸ガスの圧力でビー玉は押し上げられて壜の口を内側から蓋してしまう。ビー玉というアイディアが憎いではないか。ついそこに見えているし、触ったりなどもできるのに決して取れない。これには参りますよ、子供は。
(中略)
ラムネはたいがい大きな、水を張った金盥の中に沈んでいたり、ブリキの箱の中に氷といっしょにはいっていて、だからラムネの壜は必ず濡れていた。乾いているあいだは口のところに検査証みたいな青い紙の封印がしてあるけど、冷しているうちにたいがい剝がれてしまう。
そういうラムネを買って、あの独特の「ラムネ蓋開け器」でもって、ラムネの蓋をシュポン!と抜く。ラムネが泡立って、ビー玉がコロコロして、うわあ、いいな。いいな。
「悪魔の発明」『女たちよ!』(新潮文庫)より
70代のお客様でしたが、小さい頃に飲んだラムネの記憶そのままが描写されていて、懐かしくて無性にラムネが飲みたくなったそうです。
「水を張った金盥の中で冷えているラムネを買って、瓶についた水滴をふき取りながら渡されて、シュポン!と開けて飲むのがいいんだよね!」ということで、そんなふうに売られているラムネを見かけるたび、エッセイを思い出して買うようになったとか。お祭りの屋台のほか、海水浴場もおすすめだそうですよ。
お客様と話をさせていただいたあとエッセイを読み返し、季節柄私も飲みたくなりました。お客様に倣い、お祭りに行ったときはラムネを探してみようと思っています。
夏にぴったりのエッセイですので、皆さまもよろしければ読んでみてください。おでかけ先でラムネを目にしたら飲みたくなるかもしれません。
スタッフ:山岡
2025.07.21 第17回伊丹十三賞の受賞者が決定いたしました!
連日最高気温が30度を越える真夏日が続いておりますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
記念館では7月に入って2週間ほどあまり雨が降らず、中庭などの水やりに四苦八苦しておりましたが、先週はまとまった雨が降ったので一安心したところです。
さて、本日は嬉しいご報告をさせていただきます。新聞やウェブサイト、記念館のホームページなどをご覧くださり、すでにご存知の方もいらっしゃることと思いますが、7月17日(木)に第17回伊丹十三賞の受賞者を発表いたしました。
※「伊丹十三賞」は、" あらゆる文化活動に興味を持ちつづけ、新しい才能にも敏感であった伊丹十三が、「これはネ、たいしたもんだと唸りましたね」と呟きながら膝を叩いたであろう人と作品 " に贈らせていただいている賞です。
第17回伊丹十三賞をご受賞くださいましたのは、編集者・評論家としてご活躍されている山田五郎(やまだ・ごろう)さんです!
【プロフィール】
1958年12月5日、東京都生まれ。上智大学文学部卒業後、講談社に入社し、『Hot-Dog PRESS』編集長などを経て2004年に独立。美術・時計・街づくりに関する執筆・講演活動を続け、『出没!アド街ック天国』(テレビ東京系)はじめTV番組にも出演。美術を解説するYouTube『山田五郎 オトナの教養講座』はチャンネル登録者数72万人(2025年7月現在)。著書に『めちゃくちゃわかるよ!印象派』(ダイヤモンド社)、『闇の西洋絵画史』全10巻(創元社)、『機械式時計大全』(講談社)など。
【授賞理由】
美術を対話的に掘り下げるインターネット番組「山田五郎 オトナの教養講座」の斬新さ、おもしろさに対して
皆さま、山田さんのYouTube「山田五郎 オトナの教養講座」をご覧になったことはございますでしょうか。
わたくしは、ほとんど拝見したことがなく、今回のご受賞をきっかけに頻繁に動画を見るようになりました。
山田さんのYouTubeチャンネルでは主に美術をテーマに取り扱っているのですが、取り上げられる美術品についてあまり詳しくない人にもわかりやすく説明されており、大変面白い内容になっています。絵画一つの説明でも、技法や歴史的観点、描き手の背景なども押さえているので、なぜその絵画が評価され人気になったかなど、楽しみながら学ぶことが出来ます。
チャンネル名に「教養講座」と入っておりますので少し堅苦しい印象を持ってしまいますが、映像に映る山田さんと画面の外にいるスタッフとのやり取りが頻繁にありますので、一方的に講義を聞いているというよりは、グループディスカッションに混ぜてもらっているような気持ちになり、とても楽しいです。
気になった方はぜひ、山田五郎さんのYouTubeチャンネル「山田五郎 オトナの教養講座」をご覧ください。
YouTubeチャンネルはこちらよりご覧いただけます。↓
https://www.youtube.com/channel/UCq1r8Nq3nwI9VhvyiwcpF2w
山田さんはこの度の受賞を大変喜んでくださり、下のようにコメントを寄せてくださいました。
【受賞コメント】
伊丹十三さんは、私たちの世代にとってまさに"モノンクル"。言葉やデザインや映像で思いを表現して人に伝えることの素晴らしさを楽しく教え、あんな大人になりたいと憧れさせてくれた素敵なおじさんでした。そんな恩人のご尊名を掲げた賞を思いがけず頂戴する栄誉に浴し、驚愕と恐縮に震えております。もはやおじさんならぬおじいちゃんの歳になり、大病と闘う中でのこの受賞は、まだまだ生きて伊丹十三が教えてくれたことを少しでも後代に伝えていけという、最高の励ましとなりました。宮本信子館長と選考委員の皆様に、心から感謝いたします。
※伊丹十三賞概要や歴代の受賞者はこちらから↓
https://itami-kinenkan.jp/award/index.html
※特設ページも是非ご覧ください。↓
https://itami-kinenkan.jp/award/award17.html
贈呈式は秋ごろを予定しております。贈呈式の模様は記念館便りにてレポートさせていただきますので、ぜひ楽しみにお待ちください。
学芸員:橘
2025.07.14 呼ばれて読む本
ごく若い頃「名著やで」と聞いてとりあえず読んでみた、読んではみたけど......
そんな本が誰にでもあると思います。
時を経て、ある日突然「あの本、今ならもっと深く理解できるのでないか!」となることも、多くの方がご経験のところであろうと思います。
この現象、いくつかの条件が揃ったときに起こるものらしいので「なぜ今」と考えたくなるのですが、本に"呼ばれる"感覚を優先して、到来した読み時の波に身をゆだねましょう。
さて、2025年夏、わたくしを呼んだ本は――
野田高梧さんの『シナリオ構造論』。
小津安二郎監督作品のシナリオを数多く手掛けた名脚本家・野田高梧さん(1893-1968)が、古今東西の芸術論を引きながら「映画という"若い"芸術に特有のシナリオというものは、どのように作られているか」を懇切丁寧に具体的に紹介した一冊です。
「学生時代は野田さんの重厚な懇切丁寧ぶりを咀嚼しきれなかったんだなぁ。引用の幅広いこと」などと思い返しながら、楽しく再読しています。伊丹万作のシナリオや映画論も引用されていたはず。どこで登場するでしょうか。
ところで、今、私が読んでいる『シナリオ構造論』は、書店で最近購入したものです。
読みたくなって自分の本棚を探してみましたら、映画の本を並べた段に見当たらなかったのです。
たまたま東京へ行く予定を控えていたので「神保町の古本屋でよく見かけるし、買えばいいか」とお気に入りの古書店を巡ることにしました。
見当をつけていたお店は軒並み在庫なしだったのですが、そのうちの1軒でいいことを聞きました。
「野田さんの『シナリオ構造論』は今も人気で在庫がよく動くのです。やはり、小津さんとの関連でご興味を持たれる方が多いようで」と。
入手できなかったのは残念。でも、名著に需要がある、しっかりと読み継がれている。何とも喜ばしいではありませんか。年季の入った映画ファンだけでなく、今のお若い方も手に取っているといいな。
自分が持っているのと同じ宝文館出版の改版で読み直したい気分だったのですが、古書はあきらめてフィルムアート社の復刊版(2016年)を新刊書店で買い求めました。
古本屋さんではこれを。
映画プロデューサー磯田啓二さんの著書『熱眼熱手の人 私説・映画監督伊藤大輔の青春』(日本図書刊行会・1998年)。
旧制松山中学で伊丹万作と出会う前の伊藤大輔さんについて長年不勉強を続けており疑問が色々あったので、これは大変勉強になります。劇的で甘美でニヒルな作風の背景にふれて、頷きが止まりません。よい買い物をしました。(『シナリオ構造論』をなくした私、古書店に行った私、ナイス!)
暑い季節と読書は相容れないもののようでいて、涼しいところで大人しく過ごすのに読書はうってつけなんですよね。
エアコンに適宜働いてもらって、身体は快適に、心と脳はワクワクで。この夏も健やかに乗り越えたいものです。皆様もどうぞご自愛を。
学芸員 : 中野

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