記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2025.07.14 呼ばれて読む本

ごく若い頃「名著やで」と聞いてとりあえず読んでみた、読んではみたけど......
そんな本が誰にでもあると思います。

時を経て、ある日突然「あの本、今ならもっと深く理解できるのでないか!」となることも、多くの方がご経験のところであろうと思います。

この現象、いくつかの条件が揃ったときに起こるものらしいので「なぜ今」と考えたくなるのですが、本に"呼ばれる"感覚を優先して、到来した読み時の波に身をゆだねましょう。

さて、2025年夏、わたくしを呼んだ本は――

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野田高梧さんの『シナリオ構造論』。

小津安二郎監督作品のシナリオを数多く手掛けた名脚本家・野田高梧さん(1893-1968)が、古今東西の芸術論を引きながら「映画という"若い"芸術に特有のシナリオというものは、どのように作られているか」を懇切丁寧に具体的に紹介した一冊です。
「学生時代は野田さんの重厚な懇切丁寧ぶりを咀嚼しきれなかったんだなぁ。引用の幅広いこと」などと思い返しながら、楽しく再読しています。伊丹万作のシナリオや映画論も引用されていたはず。どこで登場するでしょうか。


ところで、今、私が読んでいる『シナリオ構造論』は、書店で最近購入したものです。
読みたくなって自分の本棚を探してみましたら、映画の本を並べた段に見当たらなかったのです。

たまたま東京へ行く予定を控えていたので「神保町の古本屋でよく見かけるし、買えばいいか」とお気に入りの古書店を巡ることにしました。
見当をつけていたお店は軒並み在庫なしだったのですが、そのうちの1軒でいいことを聞きました。

「野田さんの『シナリオ構造論』は今も人気で在庫がよく動くのです。やはり、小津さんとの関連でご興味を持たれる方が多いようで」と。

入手できなかったのは残念。でも、名著に需要がある、しっかりと読み継がれている。何とも喜ばしいではありませんか。年季の入った映画ファンだけでなく、今のお若い方も手に取っているといいな。
自分が持っているのと同じ宝文館出版の改版で読み直したい気分だったのですが、古書はあきらめてフィルムアート社の復刊版(2016年)を新刊書店で買い求めました。

古本屋さんではこれを。

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映画プロデューサー磯田啓二さんの著書『熱眼熱手の人 私説・映画監督伊藤大輔の青春』(日本図書刊行会・1998年)。
旧制松山中学で伊丹万作と出会う前の伊藤大輔さんについて長年不勉強を続けており疑問が色々あったので、これは大変勉強になります。劇的で甘美でニヒルな作風の背景にふれて、頷きが止まりません。よい買い物をしました。(『シナリオ構造論』をなくした私、古書店に行った私、ナイス!)


暑い季節と読書は相容れないもののようでいて、涼しいところで大人しく過ごすのに読書はうってつけなんですよね。
エアコンに適宜働いてもらって、身体は快適に、心と脳はワクワクで。この夏も健やかに乗り越えたいものです。皆様もどうぞご自愛を。

学芸員 : 中野