伊丹十三賞 ― 第5回受賞記念講演会 採録

池上彰氏講演会 テーマ「伝えるということ」(4)

2013年10月1日 / 松山市総合コミニュティセンター キャメリアホール
講演者 : 池上彰氏(ジャーナリスト、東京工業大学教授)
ご案内 : 宮本信子館長

 『週刊こどもニュース』は、なんと11年も続いたんですが、次第に、「ニュースについての本を書きませんか」というお話が来るようになり、いろいろ書くようになりました。そうすると、私はそもそも記者で、テレビに出るのではなく原稿を書くのが本来の仕事でしたから、「テレビに出て恥をかくより、原稿を書く方がずっと楽しい」ということ気づきまして、テレビの仕事をしながら本を書くということが、大変辛くなりました。

 伊丹十三さんなら、こういうことをたやすくやってしまうんでしょうけど、私はそういうわけにもいきません。そしてある日、ふと気づいたんです。「テレビの仕事を辞めてしまえば、心置きなく原稿を書けるんだ。そうだ、もう辞めてしまおう!」と。その結果、2005年に『週刊こどもニュース』を辞め、NHKも辞めました。それから早速、本を書く仕事に専念しました。ところが、辞めて初めて知ったのですが、民放各局の方々が『週刊こどもニュース』を見ていたそうで、辞めた途端に、「『週刊こどもニュース』のようにニュースを易しく解説してくれませんか」という話がくるようになりました。レギュラー出演の話もありましたが、それを受けたら自由に海外取材に行けなくなりますから、たまに出演するという形でテレビに出ていました。

 するとあるとき、テレビ朝日のスタッフから、「これから『学べる!!ニュースショー!』という番組を始めようと思っています。過去に大きな事件や事故が起きた時、人々の命がどうやって助かったか、ということを再現ドラマで紹介する番組です。2週間に1回、2本収録をします。その時だけ来ていただいて、スタジオでVTRを見てコメントして下されば結構です。それ以外の負担はありません。海外取材に行く時は休んでもらって結構です」という話がきました。「それなら負担も軽そうだ」と思って、初めてレギュラー出演を引き受けたんです。

 この『学べる!!ニュースショー!』という番組、最初はそれなりの視聴率を取っていたんですが、「大きな事件や事故の時に、どうやって命が助かったのか」なんていう話は、そんなにたくさんあるものではないですよね。ネタ切れと共に、視聴率が下がり始めました。

 視聴率が下がり始めると、ニュースではなく「お取り寄せグルメ」とか「ペット大集合」といった内容になっていきます。もちろんそういう番組があってもいいんですが、私はニュースを解説するという仕事で来ていますから、私が出ている意味がないんですよね。そこで、一度その番組出演を辞めたんです。

 すると番組のスタッフが来て、「もう一度改めてニュースをやりますから、戻ってください」と言います。「本当にニュースをやるんですか?」と聞いたら、「必ずやります」と。そこで、「イランの大統領選挙をやろう!」と提案しました。

講演会の様子

 2013年6月、イランの大統領選挙があり、新しい大統領が選ばれました。その4年前、アフマディネジャド大統領が再選された時に、選挙に不正があったのではないかということで、若者たちが抗議して立ち上がりました。それを治安部隊が激しく弾圧した結果、流血の事態になり、大変大きく報じられていました。このニュースを番組で取り上げたいと言った途端、スタッフがみんなスーッと引くんです。その時は、火曜日の夜7時の番組だったのですが、「火曜日の夜7時というゴールデンアワーに、お茶の間はそういう難しい国際問題には興味がありません」と言うんです。私は、こう言いました。「いやそんなことはないでしょう。NHKは毎晩7時のニュースで、大統領選挙の不正に立ち上がった若者が弾圧されていることを取り上げています。けれども、イランがそもそもどんな国かについては、まったく説明していないですよね。イランには、国民が選挙で選べる大統領よりも上に、国民が選ぶことのできない最高指導者が存在しています。そういった、『イランという国の仕組み』から説明すれば、みんなきっと見てくれますよ」とスタッフを説得し、結果的に「やりましょう」ということになりました。後で聞いたところ、イランの大統領選挙をゴールデンにやることを聞いたスタッフは、「これでこの番組もおしまいだ」と思ったそうでありますが(場内笑)。

 イランの大統領選挙の仕組みを、「そもそもイランはどんな国なのか」というところから、懇切丁寧に番組の中で説明したところ、視聴率が前の週の倍になりました。途端にスタッフが、「さぁこれからパレスチナ問題でも沖縄の基地問題でも、なんでもやりましょう!」と(場内笑)。その後、パレスチナ問題といった世界の難しい問題を扱うと、どんどん視聴率が上がっていきました。ところが、一時視聴率が低迷していた段階で、この番組の打ち切りが決まっていたんです。皮肉なことに、打ち切りが決まってから視聴率はどんどん上がり、最終回の沖縄米軍基地問題の2時間特番が、14.7%という数字を取りました。

 番組が終わった後、視聴者の方から「この番組をもう一度やって欲しい」という声があり、「何とかなりませんか」と言われまして、半年後、今度は水曜夜8時に『そうだったのか!池上彰の学べるニュース』というレギュラー番組がスタートすることになりました。

 なぜ8時なのでしょうか。都会ですと、会社勤めの人たちが家に帰ってきて、食事をしようかというのが8時台なのですが、この時間帯だけNHKも民放もニュース番組が無いんです。その時間に帰ってきた人たちは、「見るものがない」となりますから、この時間にニュースを解説する番組をすれば見てくれるだろう、というとになったんです。

 番組が始まり、5月の連休に3時間の特番をやりました。3時間の平均視聴率が22.3%と、『あまちゃん』並みの視聴率を取りまして(場内笑)。大勢の人たちに支持されるようになったのですが、結果的にレギュラー番組になって、私が全部ニュース解説をすると何が起きるかと言いますと――

講演会の様子

 当初は、番組を準備する過程で、私が「これは、そもそもこういうニュースでありまして」と、ホワイトボードに図を描きながら、そのニュースについての解説をしていたのです。この勉強会がだいたい2〜3時間です。

 スタッフはそれをホームビデオで収録し、その後で放送作家(全体の台本を作る人)が、そのホームビデオを見ながら台本を作ります。台本ができますと、またみんなが集まり、「この台本に基づいてどんな図にしたらいいだろうか。どんな模型を作ればいいだろうか」と、話し合います。これも2〜3時間かかるんです。

 そしてようやく準備が整い、収録ということになるんですが、2週間に1回、2本収録します。収録中、番組に出演しているタレントさんや芸人さんたちから、次々に質問が出てきます。話があっちに行ったりこっちに行ったりするんですね。「さぁどうしようかな。本当は話をこちらに戻したいんだけど、なかなか戻らないな」という時に限って、話を戻してくれるような質問をする方がいるんです。そうすると、私は思わず「いい質問ですねぇ! それじゃあそちらにいきましょうか」と(場内笑)。「いい質問ですね」というフレーズには、実はそういう裏がありました。そうやって話を元に戻します。結局、1時間番組の収録に2時間半かかるんですね。

 それを2本録りということは、5時間です。ふと気がつくと、とてつもない負担になっていて、「あれ?テレビに出るんじゃなくて、もっと海外取材に行って本を書きたいと思ってNHKを辞めたんじゃなかったっけ。それなのにまたこれじゃあおかしいよね」と思いました。そこで2010年の12月に、「2011年の3月いっぱいで番組を辞めさせていただきたい」とお願いをしました。

 そうしたら、2011年3月11日にとてつもない災害が起きました。視聴者が、とりわけ原子力発電所の問題を大変不安に思っている時に、「3月までですからもう出ません」というわけにはいかず、また出演するようになりました。

 それでも、レギュラー番組を全て辞めた結果、2011年3月からの約2年半の間に、海外取材に毎年15回行き、単行本を毎年15冊(2年半で約40冊)出すことが出来ました。レギュラー番組をやらないことによって、今ようやくこういうことが出来ているという状態なんです。と言いつつも、今年中にあと8冊本を書かなければいけなくて、ちょっと2冊程は無理だな、結局6冊ぐらいかな、という状態になっています。

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伊丹十三賞