伊丹十三賞 ― 第5回受賞記念講演会 採録

池上彰氏講演会 テーマ「伝えるということ」(3)

2013年10月1日 / 松山市総合コミニュティセンター キャメリアホール
講演者 : 池上彰氏(ジャーナリスト、東京工業大学教授)
ご案内 : 宮本信子館長

 ここで、改めて自己紹介をさせていただこうと思います。2005年まで、NHKのテレビ番組『週刊こどもニュース』のお父さん役を、11年間やっていました。今でもよく、「お父さんだ!」と言われます。その頃、皆さんからよく聞かれた質問が二つありました。

 一つは、「あの放送、いつ収録しているんですか?」という質問です。土曜日の夕方6時からの生放送でしたので、「あれはね、生放送なんですよ」と言いますと、「それは大変ですね。で、いつ収録しているんです?」と、また聞かれましてね(場内笑)。本当に、「きちんと伝える」ということは難しいですよね。「生放送だ」と言っているのに「いつ収録しているんだ?」と聞くわけです。

 『週刊こどもニュース』をご覧になったことがある方はおわかりになると思いますが、生放送ですから、子どもがいつどんな質問をするかわからないんです。これが大人ですと、「こんなこと聞いて、答えられなかったら申し訳ないな」とか、「そろそろ番組が終わりに近づいてきたな、余計なことは言わないようにしよう」と配慮をするわけですが、子どもはそんなことに全くお構いなしです。私がいろんなことを説明して、「そろそろ終わりの時間だな。よし、じゃあまとめに入ろう」という時に限って、「あのさ〜」と始まるわけですね。「いい加減にしろ〜」と思いながらも、とりあえず、ありとあらゆる質問に咄嗟に生放送で答えなければいけません。あの11年間で、本当に子どもたちに鍛えられたなぁと思っております。

 番組は家族形式でした。11年間で、実は奥さんが4人いたんです(場内笑)。えぇ、次々に変わりました。1994年に番組が始まり、初代のお母さんは柴田理恵さんでした。今でこそ、柴田理恵さん有名ですよね。あ! そういえば『スーパーの女』にも出ていましたね。だけど柴田理恵さん、テレビのレギュラー番組は『週刊こどもニュース』が初めてだったんですよ。なぜ柴田さんが『週刊こどもニュース』のお母さん役になったのかといいますと…それまで私は、全く別の仕事をしていたのですが、突然「『週刊こどもニュース』のお父さん役をやりなさい」と言われました。さらに、「家族形式でやるから、お母さん候補を二人に絞っている。これから夫婦になるんだから、どちらがいいかお見合いして決めなさい」と言われましてね。一人は、民放でリポーターをしていた大変綺麗な女性と…(間をおいて)柴田理恵さんとですね(場内笑)。お二人とお見合いをいたしまして、柴田さんの、あの生活感あふれる迫力に圧倒されました。「こんなに生活感がある人なのか。柴田さんが良いと思います」と言って決まったということなんです。

 その後、次々と奥さんが変わっていきました。何も私が、「今の奥さんそろそろ飽きてきたから、次の新しい人」なんて言ったからではないんです。『週刊こどもニュース』は子ども向けの番組ですから、小学校の高学年から中学校ぐらいの子どもたちが出ています。生身の子どもですから、2年3年経つと、小学生だった子が中学生になってしまいます。すると、最初の内はわからないニュースも、だんだん理解できてしまうんです。子どもが理解してしまうとつい、「みんなわかるんだ」と思って、どんどん話を進めてしまいます。その結果、テレビを見ている子どもたちがおいてけぼりになってしまうということがあるわけですね。ですから、定期的に小学校高学年の子どもと入れ替えながら番組を続けなければなりません。子どもたちが入れ替わるのに合わせてお母さんも替わり、全く新しい家族で番組を続けてきたということなんです。本当にあの11年間、子どもたちによって鍛えられました。あの子どもたちが、私にとっての先生だなと思っております。

講演会の様子

 もう一つよく聞かれた質問は、「池上さん、土曜日の夕方テレビに出ていますけど、他の日は何をしているんですか?」という質問です。「他の日は遊んでいるんですよ」と言いましたら、「それは羨ましいご商売ですねぇ」と言われてしまいまして、全く冗談が通用しなかったということがありました(場内笑)。世の中に、そんな楽な仕事があるわけないですよね。

 そういう疑問を持たれる方は、おそらく私がアナウンサーだと勘違いされていらっしゃるんじゃないかなと思います。アナウンサーは、いろんな番組に出ていますでしょう。その点、私は『週刊こどもニュース』にしか出てこないから、「他の日は何をやっているんだろう?」と疑問に思われるんですね。私、テレビの画面に出ていましたけれど、アナウンサーだったことは一度もありません。NHKに記者で入りまして、32年間ずっと記者の仕事をしていたんです。

 NHKの記者は何をしているのかと言いますと、基本的に新聞記者と同じです。現場に行って取材をし、アナウンサーが読む原稿を書くという、いわば「裏方の仕事」をずっとやっていました。では、『週刊こどもニュース』では何をしていたのかといいますと、毎週番組で取り上げるニュースを選び、さらにそれを子どもにわかりやすく説明するための模型の設計図も考えていました。毎週、模型のことばかり考えていました。さらに、NHKが大人向けのニュースで伝えたニュース原稿を、子どもにわかるように書き直します。これは、私一人でできることではありませんので、スタッフみんなで子どもにわかるように書き直していました。その原稿を、放送前日に集まってもらった子どもたちに読んで聞かせて、わかるかどうかを確認します。そこで「わからない」と言われたら、わかるまで徹底的に書き直していました。つまり私は、テレビ番組『週刊こどもニュース』を作るという裏方の仕事が本業で、ついでに画面に出ていたんです。

 『週刊こどもニュース』で、本当にいろんなことを学びました。私たち大人は、「こういう言い方をすれば、みんなにわかってもらえるだろう」と勝手に思ってニュースを作っていますが、これは子どもたちには全然通用しないということを痛感しました。

 番組の中で、1週間のニュースを4〜5項目伝えるというコーナーがあり、NHKが夜7時のニュースで伝えた大人向けのニュース原稿を、子ども用に書き直していました。しかし、書き直すのはやっぱり私たち大人ですから、それが本当に子どもにわかるようになっているかどうかは、書き直した大人は意外にわからないんです。そこで、その書き直した原稿を子どもに読んで聞かせて、子どもが「わからない」と言ったら、わかるまで徹底的に書き直すという作業をしていました。

 たとえば以前、ある自動車会社が部品の欠陥を隠していた、いわゆる「リコール隠し」のニュースがありました。子どもたちは、欠陥品をリコールするということを学校で習っていませんから、「リコールとはどういうものなのか」ということを説明しなければいけません。「さぁどんな説明をすればいいか」とスタッフみんなで頭をひねって、こういう言い方をしました。
 「自動車会社は、売った自動車について、安全性に問題があるとわかった場合、買った人にそれを知らせ、全てをただで修理し、国の役所にも届けることが法律で決まっています」
 子どもたちに、「これでわかるかな?」と聞いたところ、「『安全性に問題がある』ってどういうこと?」と聞くんですね。私びっくりしまして、「え!『安全性に問題がある』ということもわからないの? 自動車を買った人は、部品に欠陥があることを知らないで運転してるよね。そうすると、部品に欠陥があることが理由で運転中に事故を起こしてしまって、乗っている人が怪我したり、場合によっては死んでしまうかもしれないだろう? これが『安全性に問題がある』ということなんだよ」と言いましたら、子どもたちが「じゃあ最初からそう書いてよ!」…(間をおいて)「失礼いたしました」(場内笑)。

 おっしゃる通りですね。最初からそう書けばいいんです。「そんなこともわからないのか」と、大人はつい言いがちですが、これは大人の負けです。「子どもにわかるようにしなければいけない」という責任を放棄しておきながら、「そんなこともわからないのか」と怒っていたのでは駄目なんです。とにかく大変ですが、「どうすれば子どもにわかってもらえるんだろうか」ということを、一生懸命考えなければなりません。

 『週刊こどもニュース』の場合は、小学校高学年の子どもたちが出ていました。『子どもニュース』という名の通り、子ども向けの番組ですが、全ての年齢の子どもたちにわかるようにはできません。そこで「小学校5年生以上にわかってもらうようにしよう」ということにしていました。なぜかというと、個人差はありますが、子どもは小学校4年生から5年生になる時に精神的に大きく成長します。小学校4年生ですと、どうしても「抽象的な概念」というのは、なかなか理解してもらえないんです。でも、ニュースにはやっぱり抽象的な概念が出てくる。そこで、「せめて5年生にはわかるようにしようじゃないか。そのためにはどうしたらいいだろうか」と考えるわけですが、これが大変難しいんです。自分が小学校5年生になった気持ちで考えようとするんですが、自分が小学校5年生だったのは遠い遠い昔、すっかりわからなくなっているという状態なんですね。

 たとえば以前、「長野新幹線が開通した」というニュースがありました。NHKの大人向けのニュースは、「東京と長野を結ぶ新幹線が走り始めました」と伝えていました。そのニュースが報じられる少し前に、子どもたちに対して、「この町とこの町を結ぶ」という表現を使ったら、子どもたちから、「それって紐で結ぶの?」と言われたことがありました。「ある都市とある都市を結ぶ」という抽象的な表現は理解してもらえなかったんです。そういう経験がありましたから、「東京と長野を結ぶ」という抽象的な表現は子どもたちに理解してもらえないだろうと思い、言い換えようということになりました。

 さぁ、「東京と長野を結ぶ」を子どもにわかるように言い換えるにはどうしたらいいか。皆さんだったらどう言います? これ意外と難しいんですよ。たとえば、「東京から長野に行く新幹線」と書きますと、長野県の人が怒るんですね。長野県の人にとって長野新幹線というのは、「長野から東京に行く新幹線」なんです。「東京から長野に行く」というのは、東京中心主義の発想なんですね。全国の皆さんに、平等公平な立場でお伝えすべきNHKとしては一方的な言い方はできません。だから「東京と長野を結ぶ」という言い方をしているけれど、これでは子どもに理解してもらえない。さぁどうしよう。私たちは、ついつい自分中心に物事を考えてしまうんですよね。

 これも実際にあった話なのですが、以前首都圏を大型台風が直撃した時、台風が首都圏を通り抜けた翌朝の天気予報で、「台風は北海道へ抜けました」と言った人がいました。さぁ、北海道の人が怒ります。「北海道へ抜けた? これから北海道へ来るのに」ということですよね。確かに首都圏は通り抜けたかもしれないけど、北海道の人は「これから台風が来る」と身構えています。「北海道へ抜けました。良かったね」という話じゃないということですよね。ついつい自分中心に物事を考えていると、思わぬ形で人を傷つけていることもありうるということです。

 では、「東京から長野に行く」というわけにもいかない。どうしようかと考えて、結局、「東京と長野の間を走る新幹線」という言い方にしたんですね。そして放送の前日、子どもたちに読んで聞かせました。「東京と長野の間を走る新幹線が走り始めました。これでわかるかな?」と言ったら、子どもたちが、「どこ行くの?」と聞くんですね。「どこ行くの?」と言われても困りますよねぇ。子どもの質問の意味がわからなかったんです。

 しばらくやりとりをしていて、ようやくわかりました。こういうことだったんです。ここが東京でここが長野だとしますとね、「東京と長野の間」を走る新幹線(場内笑)。※画像参照

講演会の様子
斜線の部分が子どもたちのイメージする「東京と長野の間」を走る新幹線

 これは確かに、「どこ行くの?」という疑問が浮かびますよね。「名古屋にでも行くんだろうか?」ということですね。私は大変反省させられました。「東京と長野の間」という言い方をすれば子どもにわかるだろうと、勝手にこちらが思い込んでいたということですよね。そいうことではいけません。「嵐が来ていますよ」では正しく伝わらないこともあるということですよね。身をもって感じました。どういう言い方をすればわかってもらえるのか、自分がこれから発言しようとする言葉を、まず吟味してみるということが大事なんですね。

 と言いましても、他にもなかなか難しいことがありました。たとえば以前、関西学院大学の学生が、冬山登山中に、雪が深くて山から降りられなくなってしまったという遭難騒ぎがあったんです。このニュースを子どもたちに伝えようとして、われわれ大人が子ども向けに書き換えた原稿を読みました。「関西学院大学の学生14名が冬山に登ったところ、雪が深くて降りられなくなってしまいました」と言ったら、子どもたちが、「どうしてわざわざ寒くて危険な山に登るの?」と聞くんですね。スタッフの一人が、「そこに山があるからよ!」と言ったんですけどね(場内笑)。これは子どもには通用しないですねぇ。

 そこでハタと気づいたんです。「そうか、子どもたちは大学生の冬山登山っていうのを、そもそも知らないんだ」ということですね。「暗黙知のギャップ」があるんだということに気がついたんです。

 「暗黙知」とは、わざわざ人に説明しなくても、あるいは人から説明を受けなくても、何となく知っている知識、つまり「暗黙の知識」のことを言います。たとえば、学校で習ったことですと、「これは小学校4年生で習った」とわかりますよね。そうすると、「これはまだ習っていないから、説明しなければいけない」ということに、すぐ気がつきます。

 ところが「暗黙知」は、生活の知恵や自然に身に着けた知識、常識のことです。お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃん、「夏ばっぱ」からいろんなことを聞いて「暗黙知」になっていくんですね。そうすると、「いつどこで習った」という自覚がありませんから、「みんなもこれぐらい知ってるよね」と思いがちになるんです。

 大学生の冬山登山は、学校でわざわざ習うことではありません。いろんな人と話をしているうちに自然と知識を得ることですから、大人は、「説明しなくてもわかるだろう」と思いますが、子どもたちにはまだそういう知識が無いわけです。その「暗黙知のギャップ」にどこまで気づけるかということが、実はとっても大切なことなんですね。

講演会の様子

 ですから、この冬山遭難の話はこういう言い方にしました。「関西学院大学の、『ワンダーフォーゲル部』という山登りを楽しむクラブの学生14人が、クラブ活動で冬山に登ったところ、雪が深くて降りられなくなってしまいました」。こういう言い方をすれば、大人は大人で「『山岳部』じゃないんだ。『ワンダーフォーゲル部』なんだ」ということがわかりますし、子どもは子どもで「クラブ活動なんだ。そういうクラブがあるんだな」ということがわかります。大人にとってあまり「くどく」なく、子どもにもわかる、そういう表現を常に考えなければならなかったということです。

 そうやって『週刊こどもニュース』を続けていましたら、子どもさん以外の方からも大勢支持をされるようになりました。残念ながら番組は終了しましたが、放送していた頃は、土曜日の夕方6時台で視聴率が約10%、同時間帯の番組の中でほぼ毎回トップだったんです。全体の視聴率で言いますと約10%なのですが、年齢別視聴率調査というのがありまして、60歳以上の男女に限ると、視聴率が20%を超えていました。人呼んで『週刊老人ニュース』(場内笑)。なぜか、宮本信子さんもよくご覧いただいていたということでありますが(場内笑)。そうやって大勢の方にご覧いただくようになりますと、こちらも意識するわけです。子どもだけじゃなくて、大人も見ているとなると、大人の観賞に堪えるような番組にしなければいけない。中には、「お! こんな難しい話を子ども向けにやるのか。さぁどうやるのかな。子ども騙しの説明をするんじゃないかな。お手並み拝見!」などと、斜に構えて冷ややかにご覧になる方もいるでしょう。「子ども向けの番組だろう」と思って見ているうちに、いつしか「大人の自分も知らなかった」と言わせる。そのためにはどうしたらいいのかということも考えるようになりました。ある物事を子どもにわかるように説明すると同時に、「大人も意外に知らなかった」ということを何か一つ入れようという想いでこの番組をやってきたところもありました。

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