伊丹十三賞 ― 第8回受賞記念 是枝裕和×今野勉 対談採録

第8回「伊丹十三賞」受賞記念
是枝裕和×今野勉対談「伊丹十三とテレビ」採録(5)

2017年4月8日/伊丹十三記念館 カフェ・タンポポ
登壇者:是枝裕和氏(第8回伊丹十三賞受賞者/映画監督・テレビディレクター)
     今野勉氏(テレビ演出家・脚本家)
ご案内:宮本信子館長

今野 もうひとつ、伊丹さんという実況中継的なことができる人がいて、街の様子に何も手を加えないで再現できると考えついたとしても、フィルムだと駄目なんですよ。フィルムで実況をやっても誰も実況中継だと思わない。つまり、我々がテレビで毎日見ている実況中継はテレビカメラの映像なんです。今でもスタジオ中継だとカメラが映ったりしますけど。1970年代までは100キロぐらいある大きな機械なんですよね。それを海外に持っていっても使いようがないでしょ。ところが72年の暮に小型ビデオカメラの試作品ができるんです。簡単に持ち運べる小型ビデオカメラと伊丹さんが結びついて、海外ロケで中継ができると判断したわけです。海外ロケは75年でした。
ただ、その時使った池上のカメラは世界に1台しかなかったんですよ。もし海外で壊れたら撮影ができないということになるから、何百万という金が飛ぶわけです。今はどこの国にもハンディカメラがあって、故障してもすぐに借りられるし、日本からも持っていけるけど、当時は世界中でその1台しかない。その1台に賭けたわけ。壊れたときに直せるカメラの技術屋さんも連れて行きました。『欧州から愛をこめて』はその技術と伊丹さんという才能が結びついて作れた番組で、そういう意味でも衝撃的だったんです。NHKが「海外でビデオ撮影をしている」と驚いたわけですよ。時にはそういう冒険もしなきゃいけないんです。
そういう意味ではテレビマンユニオンでは、さっきの佐藤さんも含めて技術陣が頑張ってくれました。カメラは小型だけど、海外でビデオロケをやるにはいろいろな機材全部で1トンになったんです。2インチのビデオテープを何十本と持っていかなきゃいけないし、バッテリーもとても重い。1トンだととても予算が合わないから、技術陣が工夫してくれたんです。秋葉原に行ってギリギリ使えるような細い線を買ってきたり、VTRのスピードを半分に遅くしても画質が落ちないよう改造してVTRの収録時間を2倍に延ばしたりして、重量を300キロぐらいまで落としたんですよ。何かが生まれるためには1人で考えてもできなくて、技術と才能があってはじめて実現するんです。冒険だけど、タイミングをうまく捕まえる必要がある。今は映画をフィルムで撮らなくなって、みんなハンディカメラですよね。是枝さんのこんどの映画はハンディカメラですか。

是枝 僕はデビューからずっとフィルムでやっています。今回の『三度目の殺人』ではじめてデジタルになりました。
今野 何か違いがありました?
是枝 僕自身の出自がテレビで、撮影所で育っているわけでもないので、自分のことを映画人だと思っていないんです。いまだにテレビ人だと思っているところがあります。“テレビ人が映画を撮っている”という、どこか映画を外から見ている感じがあるんですよ。作っているものは違いますが、そのあたりは伊丹さんとどこかセンスが近い部分があるんじゃないかと思います。
もちろんハンディで手軽になったことで僕なんかは撮らせてもらえている。もしいまだに撮影所で映画が撮られていたら、僕なんか映画には触れなかっただろうし、無理だったと思うんです。映画がどんどん撮影所の人たちのものではなくなった時代の中で僕なんかは撮らせてもらったということはある。だとしても、じゃあデジタルでいいからハンディでやるかと言われると、逆にフィルムで撮れるうちはフィルムにこだわりたいなという気持ちが出てきています。でも、フィルムで撮っても上映ではどうしてもデジタル化しないといけないので、じゃあ何でフィルムで撮ってるんだと言われると、もうよくわからなくて……。

今野 技術というのは結構重要な問題のような気がするんですよ。たとえば僕がテレビ界に入ったのは1959年。その時は当然ハンディカメラなんかないから、スタジオ用の大きいカメラでスイッチングで撮るのが一般的でした。そんなものは外に持ち出せないので、屋外の撮影になると突然16ミリフィルムカメラになるわけです。
是枝 混ざっていましたよね。

講演会の様子

今野 まったく違う画質のものが同じドラマの中で並んでいる。それに、ビデオ録画が出来るようになってからも、しばらく編集は御法度だったんです。テープが高いから切るなと言われていた。生放送と同じようにスイッチングでいくつかのブロックごとに撮ってブロックをつなげる編集だけ許されていました。そういう時代がずいぶん長く続いて、屋外の撮影は依然としてフィルムで、ワンカットずつ撮って編集する。まったく違う画質とまったく違う方法で作られた映像が平気で並んでいて、それが当たり前だったんです。僕らは、先輩もそうですけど、フィルムに頼らないでテレビカメラだけのテレビドラマをなんとか作りたいと思っていました。本質的にふたつの手法が混ざってるのが嫌だということもあるし、混在の手法ではディレクターの意思がきちんと通らないという思いがあった。
たとえばNHKの和田勉さんにしても、僕のTBSの先輩の大山勝美さんにしても、もうずっと99パーセント、一生テレビカメラだけでテレビドラマを作ったんですよ。外のシーンをスタジオの中で撮影したり、時には中継車を持っていったりもしました。それぐらいテレビカメラにこだわってテレビドラマを作ってきたんですよね。そういう人たちを見ていたから、映画とは別の形で作ろうという精神が強かったんです。
それで、テレビカメラが小型化されて35ミリフィルムカメラと同じくらいの大きさになったときに何が起きたかというと、フィルムで撮る映画人がいなくなったんです。今の映画はほとんどデジタルビデオカメラで撮られている。

是枝 フィルムを続けているのは山田洋次さんと、あと2人ぐらいですね。
今野 ある技術者が、今ではフィルムで撮ることは技術的には何の意味もないと言うんです。記録媒体がフィルムであるかビデオかによって、最終的にスクリーン上に映される映像は区別できなくなったと。そのくらいビデオ画質が向上していて、逆に言えば画質を落としてフィルムのように見せることもできる。
是枝 そうですね。編集で後からフィルムらしさを乗せることもできます。
今野 フィルムのように見せるビデオの技術もあるんだと聞かされて、僕は何という時代になったんだろうと思ったんです。
是枝 今は本当に難しいところに来ているんです。それこそ何でそんなことをするのかと言われるかもしれませんけど、僕はデジタルで撮ったものを一度フィルムに変換しているんですよ。クリア度をむしろ落とす方向で、フィルムにした後にもう一回デジタイズするんです。そうすると、たしかに質感的にはややフィルムに近い肌の感じとかは出ます。ただ本当に突き詰めていくと、その感じはフィルムを通さずにデジタルで数値を打ち込んでもそのまま出せます。今はそういう状況になっているんです。
こないだフィルム変換をしたときにカメラマンの希望で銀残しをしたんですよ。ただ、銀残しのデータをデジタルの機械に取り込んで、デジタルで撮影したものにデータを重ねていくと、フィルムとの違いがもうわからないです。フィルムで撮ったものとデジタルで直接撮ったものとの区別がつかなくて驚きました。

宮本 でも、ライティングの違いってありますでしょ?
是枝 いま組んでいるカメラマンと照明はフィルムの人たちで、綿密な仕事をしているのでクオリティはかなり高いものになっていますけど、同じ技術で撮ったらもうわかりません。でも、外国のカメラマンと話をすると、まだフィルムにこだわっている方が多いですね。ここまで一気にデジタルに傾いたのは日本が早いというか、こんなにあっさりでいいのかなという気が正直言うとしています。

講演会の様子

今野 まだフィルムにこだわっているフランスの映画監督なんか、「フィルムだとコマとコマの間に闇がある、それがいいんだ」と、ひどく精神的なことを言っている。ああいう精神論にこだわるというのが映画人にはあるんだよね。
是枝 こないだあるカメラマンが「フィルムの映写機はブレがあるから、肉眼だとそれが3Dに見えるんだ」と言っていました。デジタルで撮ると映写にブレがないからフィルムの方が奥行きが見えると。それもどうなんだろうとは思いましたけど(笑)。ただ、そのうちデジタルで撮っても揺れは出せるようになりますよ。
今野 それは簡単にできますよ。
是枝 そうなったらどうするかという問題はあります。あと、僕も精神論になっちゃいますけど、この記念館にもフィルムのコマが飾られてますよね。僕はあれが大好きなんですよ。自分の映画の使わなかったネガが廃棄になるときに、どこかを残して取っておくんです。ものとしてあって、すごくいいですよね。現場で助手がフィルムを交換してるのもいいですよね。
宮本 感光しないように箱の中で替えて。
是枝 あと、カメラを回すと音がするでしょ。僕はビデオからスタートしてるから、フィルムになったときに「ああ、この音はフィルムがもうすぐ終わるぞ」と、ちょっとハラハラしました。あの音もいいですよね。テレビにはテレビのよさがすごくあって、映画には映画のよさがあるということを、両方やっているとすごく感じるんです。ただ、もうそんなことを言っていても通用しなくなったことにさみしさを感じているのは、僕が年だからでしょうか。今野さんの前で言うのもなんですけど。

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