伊丹十三賞 ― 第7回受賞記念トークイベント採録

第7回「伊丹十三賞」受賞記念
新井敏記氏 トークイベント(4)

2015年11月10日/伊丹十三記念館 カフェ・タンポポ
登壇者:新井敏記氏 (第7回伊丹十三賞受賞者/編集者、ノンフィクション作家、
     スイッチ・パブリッシング代表)
     松家仁之氏 (聞き手/小説家、編集者)
ご案内:宮本信子館長

新井 どこから話していいかわからないんですが、スイッチ・パブリッシングには『SWITCH』『Coyote』『MONKEY』という雑誌があって、『MONKEY』という文芸誌は翻訳家の柴田元幸さんを中心にやっているんです。その中に村上春樹さんの連載があったわけです。
それは、「職業としての小説家」ということがテーマでした。「自分がなぜ小説家になったのか」「どういうきっかけでなったのか」「どういうふうに書いてきたのか」ということを具体的に、わかりやすく、それこそ話し言葉で、「講演」というスタイルを借りながら、伝えようとした連載なんですね。たしかに伊丹さんの仕事に近いかもしれない。難しいことを難しく言うんじゃなくて、難しいことを平易に伝える。
この連載を読んでいて、すごくいいなと思ったのは、「明日にでも小説家になれる」と思えるんですよ(場内笑)。いや本当に、「誰でも小説家になれるんだ」と思うんです。それを村上さんは伝えてくれたんですよね。読み進めるのがすごく楽しいエッセイだし、物語性にも満ちていて、さすがだなと思う仕事でした。「明日には小説家になれる、でも小説家を続けることは並大抵の努力ではない」ということをきちんと伝えているいわば村上さんの覚悟です。
それを、うちは小さな出版社だけど、本にまとめさせていただけないかと思いまして、お願いしたら、了解された。スイッチ・パブリッシング設立30年で、村上春樹さんの本が出るということは、光栄なことで、これを機に、さっき松家さんが説明してくれた、取次に対して、ちょっと条件をお願いしたんですよね。

講演会の様子

一つは、大手の出版社とスイッチみたいな弱小出版社では、たぶん掛率というのが違うんです。たとえば大手は定価の70%ぐらいで取次に納める。僕たちは67%とか、3%ぐらい悪い数字なんです。かつ「歩(ぶ)戻し」を取られるんです。「お前のところはいつ潰れるかわからない(場内笑)。だから、ちょっと補償金みたいなことを出しなさい」みたいなものを取られるんです。小さな出版社はたいていそれを科せられるんですが、それが3〜9%くらい取られる。本の単価からすれば印税に相当するくらいなんですよ。ハンディキャップなんです。競馬の場合は優勝したらハンディキャップだけど(場内笑)、僕らは走る前から重荷を背負わされる、そこからスタートするんですよね。これは条件としては大変なことなんですけど、最初は「そうじゃなかったら、君たちの本なんて出してあげなくてもいいもんね」と言われるから、「いやいやそれでお願いします」みたいに頭をさげるしかないんですが、10年も20年も同じ条件でやっていると、やっぱり改善したいじゃないですか。「1%ぐらい減らしてください」とかお願いしても、ダメと言われる。その理由としては、「返本率を少なくしなさい」とか「3年間は70%ぐらい売れる本をずっと作り続けなさい」みたいなことを言ってくる。それは難しい話なんです。

今、出版界全体で平均が57%ぐらいの返本なんですよ。その中で、「スイッチだけ30%の返本率でやれ」ということは難しいことです。70%にするためにどうするかというと、部数を減らすという方法もある。「普通1万部刷るのを7,000部にすればいい」という論理。取次はそういう論理なんですが、「減らせばそれだけ返本が減る」というわけにいかない。部数が減ると、定価もあがる。そして全国津々浦々の中小の書店まではいかなくなる可能性があるんです。全国で6,000店ぐらい書店があるんですが、それが一日一軒ぐらい閉店に追いこまれているのも現状です。町のなかにある小さな書店が、売りたいと思っても、その本が取次から配本されなければ、どんどん売上げは落ちていきます。小さい書店は卸値でも厳しい条件を押しつけられるので、「もう商売をあきらめなさい」と言われているのも同然なんです。
他に問題なのは、たとえばお客さんがその小さな書店に注文しても、取次から届くのに1週間ぐらいかかっちゃうんですよ。そうすると、「ワンクリックすると翌日来る」「プライム会員は発送料無料」みたいになってくると、パソコンを使っている人にとっては、どうしてもAmazonを頼りにするわけです。これもまたリアル書店の危機につながっています。やっぱりどうにかしたい。スイッチ設立30周年の年だし、村上さんの本を機に改善してほしいなと思って取次に交渉に行ったんですよ。
それは結局、かないませんでした。僕は、書店にちゃんと営業するというのは昔から大事なことだと思っていましたから、村上さんの本の説明をしに紀伊國屋書店に行った時に、書店としても生き残りをかけて新しいことを模索する必要があると、あたらしい流通をやってみましょうか、という話になったんです。僕もしばらく考えました。それをやった場合、僕は取次全部を敵に回すことになる。ひどい状態に追いこまれるかもしれない(場内笑)。
でも、どっちかというと火中の栗を拾いにいくタイプなんです、僕は。夜、こっそり『11PM』見るのと同じ感覚かもしれない(場内笑)。紀伊國屋書店さんと直接に組んでやる方法を選択したら、案の定、取次からものすごいプレッシャーを受けました。「紀伊國屋書店が村上春樹の本を買い占める」という誤報まで新聞に流れました。誰かが意図的にそういう情報を流したんじゃないかと思うような取材不足の記事でした。
小さな本屋さんにもちゃんと村上春樹さんの本を置いてほしいんです。だから、紀伊國屋書店にお願いしたのは、小さな個人営業の書店にもちゃんと届けて置いてもらうことを条件にしたんです。それは、紀伊國屋書店としてもやりたいことだった。たとえば、いま取次に頼んだ場合、小さな本屋さんになかなかいかないのは、仮に30冊仕入れたいと申し込んでも、取次が「おたくのところは売れてないから」と、注文にはるかにおよばない冊数しか届けないという実態もあったりするんです。2冊とか3冊とか。
本は再販制度というものがあるので、定価販売が義務づけられていますし、いっぽうで返品が可能、となれば、本が売れる売れないというリスクを誰もとらない、とりたくないシステムになってしまっているんですね。小さな本屋さんにも「10冊売りたかったら10冊入れますよ」というのが本来の商売じゃないですか。それを少しでも解消できないかと思って、あらたな方法を選択したわけです。
成果は具体的に上がってきています。徐々に今、これまでとはちがう風が吹きはじめたと感じます。「天声人語」でも、売りたい本を書店が売ることができるというのは良いことだ、と僕たちの本のことが書かれたりもしたんですね。ようやくこのことに関する報道もミスリードから正常化して静まりつつあります。考えてみればこの30年、「アウェイの風を、どう押し返して、次に繋げるか」というのがずっと僕の変わらぬ課題でしたから。

松家 皆さん。今の新井さんの話は、この数か月後に伊丹十三記念館のウェブサイトに活字化されて載ると思うんですけど、だいぶ修正が入ると思います(場内笑)。非常に貴重な、かなりディープな話を聞けたんじゃないかと思います。

講演会の様子

新井 そうですね(笑)。
僕らがこの件で得たものは、次のステップとして「直販が楽しい」という当たり前の原点に戻ることかもしれません。一番最初に雑誌を作った時って、僕は直販でやっていたんですよね。取次を通さずに、書店と直接やりとりをしていました。この書店で売ってほしいと思ったところへ自分で雑誌を持って行って「置いてください」とお願いしたんです。最初は「そんなもの、置く場所ないよ」と書店のおやじに怒られながら、書棚を整えたり掃除したりして。ちょっとずつスペースをつくって、「売るスペースありました!」と言って(場内笑)。「置いてください」というのをやっていたんですよね。それと同じことなんで、30年経ってようやく最初の一歩に戻ったような感じがして、すごく面白いですよね。

松家 新井さんの話を聞いて、僕のなかに妄想が広がったんです。伊丹さんがもし新井さんの話を聞いたら、出版業界、ご自分も著者として多少なりとも知識や経験があるわけじゃないですか。
――「これ、映画にできるかもしれない。『書店員の女』」(場内笑・拍手)。

新井・松家 ねぇ(笑)。
新井 作ってほしかったなあ。
松家 伊丹さんは、徹底的に取材をするんですよ。
この記念館を作るにあたっていろんなものを見せていただいたんですけど、たとえば『マルサの女』。国税庁に綿密な取材をして、呆れるくらい膨大な量の取材メモが残ってます。映画を撮る段階になると、税金のこと、脱税のことは誰よりも詳しくなっている。徹底した人でした。作ってほしかったですよね(場内笑)。

新井 そうすると僕は、主役級になりますよね(場内笑)。
松家 (笑)でも伊丹さんの映画だと、殺されちゃったりして(場内笑)。

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