第8回「伊丹十三賞」受賞記念
是枝裕和×今野勉対談「伊丹十三とテレビ」採録(6)
2017年4月8日/伊丹十三記念館 カフェ・タンポポ
登壇者:是枝裕和氏(第8回伊丹十三賞受賞者/映画監督・テレビディレクター)
今野勉氏(テレビ演出家・脚本家)
ご案内:宮本信子館長
是枝 作品を見る環境も含めて映画が、見た人間をある種の陶酔へ運ぶとすると、今野さんがやっていたテレビ番組は日常の空間の明るい場所で見るものとしての面白さを追求していて、やっぱり陶酔じゃなくて覚醒に向かいますよね。いま映っているものがどこか外側に外側に崩れていく。さらに、見ている人間と作る人間の境界もどんどん崩れていく。そのことによって、むしろ陶酔を拒否するような面白さがある。それがたぶんテレビ的な面白さであり、新しさだったような気がするんです。
今野 じゃあ陶酔が嫌いかというとそうでもないんですよね。僕は叙情的と言われることもあるんですよ。だけど、あまり叙情的だと人間って照れちゃうから、ふっと茶々を入れてみたりするんです。
是枝 「パリの万国博覧会」でも、伊丹さんは最初の台詞を言う前にふっと笑いますよね。あれがたぶん覚醒だと思うんです。あそこで演じきらない。
今野 そう、あの笑みによく気がつきましたね。僕も話そうと思っていたんですけど、伊丹さんの一番の特徴はあの浮かんでくる微笑みですね。笑ってから「私、侍です」と出てくるんですよ。本当はパリのど真ん中にいるんだけど誰も気がつかないだろうな、カメラが引いていくとみんなびっくりするだろうな、「ギャルソン!」なんて給仕さんを呼んだらみんな驚くんだろうなという思いが、思わずニヤッと出たと思うんです。あの笑いは結構あちこちでやるんですよ。あれを見ているとうれしくなっちゃうんです。
今野 そうなんですよ。伊丹さんは人の話を聞いていて、相手が自分の予想を超えた面白い話や面白い言い方をすると、ふっと笑う感じになるんですよ。あの笑いが後に『日本世間噺大系』という本になるわけです。表情にちゃんと表れるのがふっとした笑いで、「いま俺、すごくいいところにいる!」という感覚が、テレビでだけ出るものなんですね。あれは映画じゃなかなか出ないですね。
じゃあ最後に、是枝さんにとって伊丹さんとは何かを言って締めてもらいましょうか。
是枝 難しいことを最後に振られた(笑)。僕は学生のときに『お葬式』の舞台挨拶を劇場で見たんですよ。あの映画館の熱気はいまでも覚えています。面白いものを見たというみんなの一体感がいまだに残ってるんですよね。映画監督・伊丹十三との出会いはまずそこです。その後テレビマンユニオンに入ったときにさんざん会社と揉めて、疲弊して行かなくなった時期があったんです。その頃に伊丹さんが出ていた『スウィートホーム』のメイキングのアシスタントディレクターという端っこの端っこの仕事をして、ときどき伊丹さんの事務所の衣装合わせにちょっとついて行くみたいな感じで、遠巻きに見ていました。間接的には『マルサの女』のメイキング監督だった周防正行さんに誘われて一緒にテニスをしたりとか、なんだかわからないけど仲良くしてもらったんです。映画監督の伊丹さんとはそういう不思議な形でつながりがありました。
ただ、僕にとって圧倒的にカルチャーショックだったのは、今野さんとのコンビだったんです。言い方がストレートになりますが、自分が関わってるテレビの硬直してしまったつまらなさというのがあったんです。旅番組の撮影に行くと、さっきの今野さんの真逆なんですよ。「ここからここの20メートルは古い家並みが残ってるから、旅人はここで車を降りてください。20歩歩きます。望遠レンズで撮ります」とやって、その20歩だけ歩く場面をつなぎ合わせて番組を作っていて、これでいいのかと思ったんです。
その時行ったのは原発の漁港だったけれど、周りはみんな漁業権を売って原発御殿と呼ばれる大きな家を建てていたんですよ。一部だけ残った漁師の街を歩いて、船に乗ってイカ釣りとかをやって戻ってくる。そこだけ繋いで編集しながら、現場にいた人はこれを見てどう思うんだろうみたいなことを考えたんです。それをプロデューサーに話したら、「いいんだよ。これは旅情を演出する番組なんだ」と言われました。でも、まわりが漁業権を売って御殿が建っている状況の方が面白いはずなのにと思ったんですよね。そのときに今野さんと伊丹さんの番組を見て、こんなことをもう30年前にやっているというのが衝撃だったんです。
今野 もし伊丹さんがその場にいたら、原発で建った御殿と古い家並みとを一瞬のうちに面白くしてしまえる才能があった。それをエンターテインメントにしてしまえる才能がないと、やっぱりそう簡単にはできないですよ。
最後に思い出したエピソードがあります。伊丹さんが『お葬式』を監督することになった頃、僕に電話をかけてきたんです。映画を撮ることになったから過去の日本映画を200本見て、何で人はお金を払ってまで映画館に来るのかと考えたと言うんです。「役に立つ知識があるか娯楽として優れているか、そういうことでみんなは金を払うと思う」というのが、伊丹さんの結論でした。それで完成した『お葬式』を見たら、葬式をあげる方法が全部描かれていて、しかも娯楽として面白い。テレビも映画も彼なりのサービス精神が発揮されたものだったんじゃないかという気がしています。
(場内拍手)