伊丹十三賞 ― 第1回受賞者(2009年)

受賞者

糸井重里
コピーライター/「ほぼ日刊イトイ新聞」編集長

【プロフィール】
1948年 群馬県生まれ。
1968年法政大学中退後、広告プロダクションに入社。1972年フリーのコピーライターとして活動を開始。1975年TCC(東京コピーライターズクラブ)新人賞受賞。
コピーライター以外にも作詞、文筆(誌、小説、エッセイ)、ゲーム製作などの創作活動を行う。
1979年東京糸井重里事務所設立。1989年APEエイプ設立。1998年インターネットホームページ『ほぼ日刊イトイ新聞』(http://www.1101.com/)を開設。著名人の執筆・対談を中心とした読み物や、手帳、ハラマキ、Tシャツ、タオル等のオリジナル商品の企画販売、長老や学者を集めたイベントなど、すべてをひとつのコンテンツとして捉え、運営している。一日の総アクセス数は140万件を越える。
糸井重里

【著書】
『インターネット的』(PHP新書)
『海馬』(朝日出版社)
『ほぼ日刊イトイ新聞の本』(講談社)
『小さいことばを歌う場所』(東京糸井重里事務所)
『思い出したら、思い出になった。』(東京糸井重里事務所)

【編著】
『智慧の実を食べよう』(ぴあ)
『オトナ語の謎。』(東京糸井重里事務所)
『言いまつがい』(東京糸井重里事務所)
『吉本隆明の声と言葉。』(東京糸井重里事務所)

授賞理由

インターネットという参加型のメディアの可能性を大きく切り拓いた「ほぼ日刊イトイ新聞」は、"発見"の才能を様々な分野で発揮してきた糸井重里氏ならではの表現として、伊丹十三賞にもっともふさわしいと考え、第1回受賞者に選ばせていただきました。

伊丹十三賞選考委員会

受賞者コメント

 こんなにうれしいとは思わなかった賞でした。とっても、ありがとうございます。

 伊丹さんのような才能があふれている方と、自分とっていうのは、どうしても比べにくいものなのですが、あえて一致するところといいますか、同じようなことを見つけるとすれば、「名づけようがない」ということなんだろうと思います。

 伊丹さんには何度かお会いしたのですが、ぼくにとって伊丹さんというのはまぶしい方で、ごろごろとなつくような関係にはならなかったんですけれども、ずーっとお仕事は見てたんです。見てたものっていうのは、けっきょく、ぼくのなかではまとまりがつかないままでした。そんなふうに時が過ぎて、去年、伊丹さんの仕事を全部まとめたDVDをそれをつくったテレビマンユニオンの方から渡されて、見たんです。それを見て、いや、まいったんですよ。このジャンルも、このジャンルも、っていうふうにそれぞれの解体された部品としてやるんじゃなく、全部をやる人なんだってぼくは思いました。

 そして、受賞の理由にもありました「ほぼ日刊イトイ新聞」で、伊丹さんについてなにかやりたいと思ったんですが、そのときは、自分たちの手に負えなくて、もうちょっとしたらわかるときが来るかもしれないから、そのままにしておこうと思った。そんな時間が1年近く続いていたんですが。そんなときに、今回、このような賞をいただけるということになりまして。
 非常に難しいことなんですが、「名づけようのないこと」に取り組むといいますか、「名づけようのないこと」を紹介するってことこそが自分のあこがれだったんだと、いま、つくづく思っています。

 ぼくも、伊丹さんのように、というとおこがましいですけれども、「名づけようのないこと」ばかりをやってまいりました。ですから、こんなような晴れがましい場に来るという機会もなかったんです。というのは、「名づけようのないこと」に対して贈られる賞なんてありませんでしたから。
 しかし、とうとう、「伊丹十三賞」というものができたおかげで、「名づけようのないもの」に与える賞が出発できた、のか? と思います。
 そういうようなことで、いままで「名づけようのないこと」をしてきた先人とか、いま「名づけようのないこと」をしている若い人に、「こんなふうに見つけてくれる人がいたぞ」と報告したいような喜びがあります。

 ぼく、この先も「○○をやった人」というふうに名を残すことにはならないと思うんですけれど、「名づけようのない」ものを「名づけようのない」ままに楽しんで、おもしろがって、死ぬまでやっていけたらなあ、と思います。

(「ほぼ日刊イトイ新聞」より抜粋させていただきました。)


伊丹十三賞