第7回「伊丹十三賞」受賞記念
新井敏記氏 トークイベント(3)
2015年11月10日/伊丹十三記念館 カフェ・タンポポ
登壇者:新井敏記氏 (第7回伊丹十三賞受賞者/編集者、ノンフィクション作家、
スイッチ・パブリッシング代表)
松家仁之氏 (聞き手/小説家、編集者)
ご案内:宮本信子館長
映画公開のときでしたから、まず『あげまん』の話を聞いたんですね。そのあと、伊丹さんが「伊丹万作の『赤西蠣太』をアメリカに持っていきたい」ということを、すごく一生懸命に話してくれていたんです。伊丹さんは結局それを実現させていますね。展示にもありましたけど、アメリカに持って行き、ニュープリントにして、それをレーザーディスクにもした。僕は、その宣言をご本人から直接聞いたのに、「なぜそれをもっと深く追うことをしなかったんだろう」って。一期一会で終わってしまったというのは、もったいないことしたな、というのが、なんかわきあがってきて、すごく後悔しました。
松家 1990年なんですね。
新井 90年です。その時の伊丹さんの話でもうひとつ印象に残っているのは、メイキングがどれだけ重要か、ということでした。
たぶん伊丹さんの以前には、メイキングというものに重きを置いた人はいなかった。作品を撮りながら別のフイルムを回して、俳優やスタッフがどういうふうに動いているのかを記録した、たぶん最初の人だと思うんですよね。「メイキングというのはどういうものなのか?」という質問をしたら、「自分自身のためだ」とおっしゃったんですよ。今では、メイキングは映画を作る時には当たり前で、これから観る人に、ある種のガイドというか、わかりやすくしたりとか、映画の宣伝みたいなことになっていますけど。伊丹さんはもうちょっと志があって、「俳優にとってこの場面はどういう動きなのか。それとも監督にとってどういうものなのかというのを、もう一回客観的な目で見るためにメイキングというのは重要なんだ」ということを語っていたのがすごく印象的で。それは、ものすごく印象に残っているんです。
そういう大事なことをおっしゃっていたのにも関わらず、その後をさらに追わなかったというのがね。本当は撮影現場に行けばよかったし、見たかったんだけど、それを実行できなかった。あらためて悔やまれましたね。
そこで伊丹さんがやったことの凄さと言うのは、自分たちで資金を用意して、脚本・監督・製作、それから「どう宣伝するか」、「どう上映するか」まで、普通は映画会社にすべて託して「後はよろしく」ということだと思うんですけど――そういったすべてを自分が考えて、コントロールするということをやったわけです。
聞きかじりで言えば、それまでの映画の世界というのは、カメラはカメラマンの、照明も照明係の、神聖な領域。カメラアングルを監督がいちいち確認して指示するということも憚られるような、現場のなわばり意識というようなものがあったらしいんですね。
でもそこで伊丹さんは、カメラはいまどういうアングルで、どう撮っているのか、という画面を、誰もが同時に見られるような仕組みを考えて、初めて実行したわけですね。だからたぶん、最初の現場って、結構「え?」と思う人がいっぱいいたんじゃないかと思うんです。伊丹さんはたぶん、現場から理不尽なものを排除したかったんじゃないでしょうか。方法論から変えてしまった。やるんだったら徹底してやる。
エッセイストとしてもそうだったけど、映画監督としても、「自分の気が済むように、すべてのことに関わる」という意味では、(新井さんに向かって)この受賞者の方も(場内笑)。要するに自分で出版社を作っちゃったわけですから(場内笑)。「どう雑誌を作るか」「どう広告を取ってくるか」。ありとあらゆることを自前でやってしまう。書店とも直接やりとりをする人なんですよ。全部やる。
だから、もしよければ話してほしいんですけど……最近一番話題になったのは、新井さんの会社、スイッチ・パブリッシングが村上春樹さんの本を出しましたね。普通は、出版社で作ったものを「取次(とりつぎ)」とよばれる書籍流通の会社に、まず回すんです。トーハンとか日販という取次に回すと、そこが日本全国の書店に「ここには何冊」という、配本パターンにしたがって送られてゆく。そして書店に本が置かれて、売れないものは取次を通してまた出版社に返されます。これを返品といいます。今は出版不況と言われていて、ひどい場合は、たとえば1,000部作ったとしたら、400部くらいは返ってきちゃうんですね。それが今の出版界のシステムなんです。
新井さんは、そういういままでのシステムとはちがう方法で村上さんの本を売ってもらいたいと考えて、取次を通さずに、紀伊國屋書店とダイレクトに提携して、「返品はしないで買い取って下さい」という形でお願いをしたわけです。これが大変な物議を醸して(場内笑)、ニュースになった。たぶん新井さんは、日本の出版界は今のままだとダメじゃないか、と思っているに違いないんですね。
そういうことをやるというのは、やっぱり伊丹さんの精神に通じるところがあるわけです。受賞後にそういうことをなさったので(場内笑)、「何かこれは関係あるんじゃないか」と、つい思いたくなるんですが(場内笑)。そのあたりの話、少ししてもらってもいいですか?
新井 (笑)そうですね。