こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2024.03.25 3月のグッド・ラック
3月半ばの休日、自宅のテレビをつけるとセンバツ高等野球。
春の休日ならではのお楽しみだなぁ、と堪能しています。(夏の選手権が朝8時に試合開始で出勤日でも第一試合の序盤は見られるのに対し、朝9時に試合が始まるセンバツは休みでなければ見られないので......)
野球はプロ野球もMLBも見ます。他の競技では、フィギュアスケートやスキージャンプ、それから、近年は大相撲も面白いと感じるようになりました。ラグビーやアメリカンフットボールは、ルールや戦略を理解して見られるようになってみたい! と憧れたりも。
お気に入りのチームや選手に肩入れしすぎてちょっと疲れてしまったこともありましたけれど、「私が松山で『ガンバレガンバレ』といくらリキんだところで役に立つわけでなし――ああ、そうか『ナイス・ゲーム頼むよ~』と『グッド・ラック!』でいいんだ」と気付いてからは、ユルめの気分で眺められるようになりました。
"グッド・ラック"。
そういう表現があることはもちろん知ってはいましたが、伊丹エッセイで「なるほど、いいな~」と思い、自分の実用ボキャブラリーに取り入れた言葉です。
そのエッセイをちょっと引いてみましょうか。
「これは荒木博之っていう先生の説なんだが――あんた、高野球好きでしょ?」
「ああ、大好きだね、テレビが始まるともう齧りついて応援するもんね」
「応援するときはガンバレっていうんじゃない?」
「そりゃそうですよ、他になんてって応援するんです」
「そこなんだよなあ、荒木先生がいうのは。われわれがスポーツ選手を応援する言葉は必ずガンバレであって、それ以外の言葉は絶対に使わないってんだな」
「スポーツだけじゃないですよ。この前ミス・ワールドだかなんだかの日本代表が決勝戦で外国行く時も、インタビューでガンバッテキマスって云ってましたぜ。ガンバルったってどうガンバルのか、顔でもイキませるのかと思ってあたしゃおかしかったんだが――」
「ネ? ところがガンバルって言葉は外国にはない。強いていうならドゥ・ユア・ベストとでもいうことになろうが、そんなこと、まあ、いわないね」
「普通グッド・ラックでしょうな」
「そう、グッド・ラックなのよね。ところが日本じゃガンバレ一点張りだ。これはなぜか?」
「なぜなんです?」
「ここから荒木先生の天才的分析が始まるわけなんだが、要するに、日本人は集団的人間であるト。集団の中の村人として自我を殺しに殺してムラの掟に従っているト。そういう他律的な性格を持っておるのだト、ネ? ところがこの、貧しく押しひしがれた、集団の中の個がだね、突如集団から切り離されてだな、たとえばオリンピックのマラソンならマラソンに出るということになる。当然、一個の独立した、自律的な個として行動することを要求されるわけだ」
「ハハァ――」
「しかし、彼自身の自我というものは、常日頃集団の中で殺され続けて、今や全く小さく惨めに萎んじゃってるというわけだな。この萎んじゃった小さな自我を本来自我がそうあるべき大きさにまで膨らませる作業がガンバルということなんじゃあるまいかト、そう荒木先生は説かれるわけよ」
「なるほど――」
(中略)
「私は昔外国映画に出て一つびっくりしたことがある。たとえば私なら私がね、その映画で初めて仕事するって時はね、みんながやってきて激励してくれるんだな」
「ホウ――」
「ピーター・オトゥール、ジェイムズ・メイスン、クルト・ユンゲルス――そういう連中がみんなやってきちゃ握手をしてくれてね、グッド・ラック! というわけよ。グッド・ラックね。みんなプロの役者だ。素質があって当然。その素質に磨きをかけるため、あらゆる努力をしてて当然。人事を尽して天命を待つ。人間の努力に対して天がいかなる評価を下すかは人知の与り知るところではない、われわれにできることは、おのが能力を最大限に出し尽すことだけだ、それがプロというもんだ、あなたがプロである以上、あとはラックだ、というわけだな。それがグッド・ラックだ。彼らは私を一人前の人間として扱ってくれたことになる」
「週刊文春」連載「日本世間噺大系 グッド・ラック」(1973年8月13日号)より
さて、世界的な名優たちに"グッド・ラック!"と送り出された若かりし頃の伊丹さん、その結果はいかに――
エッセイ「グッド・ラック」は『ぼくの伯父さん』(つるとはな/2017)『伊丹十三選集 第三巻』(岩波書店/2019)に収録されていますので、結末も含め、ぜひ全文をお楽しみください。
今週あたりは、大きな荷物を抱えて、明らかに旅行者とは異なる面持ちをした若者たちを駅前で多く見かけることでしょう。これも3月の風物詩。
進学でしょうか、就職でしょうか、地元に戻って勤めるのか未知の土地へ行くのか――どことなく緊張した雰囲気をまとって、高速バスや列車や船で若者たちが愛媛を旅立っていきます。
彼らにも「グッド・ラック!」、ですね。
学芸員:中野
2024.03.18 ロウバイ観察日記
記念館便りをご覧のみなさまこんにちは。
昭和初期に素晴らしい「朝顔観察日記」をつけていたのは小学2年生の池内岳彦君こと伊丹十三さんですが、令和に「ロウバイ」を毎日観察している伊丹十三記念館スタッフがおります。わたくしです。
【伊丹さんの朝顔観察日記は伊丹十三記念館ガイドブックにも掲載されています】
昨年、記念館の庭に植え付けたロウバイは2月の初旬ごろから花芽をつけはじめました。その頃から出勤日にはほぼ毎日写真を撮って観察をして参りましたのでここで一挙ご紹介させていただきます。
上の写真は観察初日、2月7日のロウバイです。遠目にはわかりづらいですが、近づいてみると、枝先には黄色い「芽」が見えます。
翌日、2月8日。
2月10日
2月15日
2月16日
2月18日
2月21日
2月22日、上の方の枝と下の方、それぞれ少し花が咲いてきたのがおわかりいただけますでしょうか。
2月23日
2月27日
3月2日
3月3日
3月4日
3月6日
3月7日
3月9日
3月10日
3月11日
3月13日
3月14日
3月15日
そして、こちらが今朝3月18日のロウバイです。撮影を開始した2月の初旬と比較していただくと、随分花が咲いているのがおわかりいただけるかと思います。
2月7日のロウバイ
一般的に落葉樹の植え付けは寒い時期に行う方が良いと言われているのですが、諸々の事情により、このロウバイは植え付けが5月末になってしまいました。ですので、去年の夏の間、記念館スタッフは他の木々の何倍も水をやり、どの木よりも注意して見守って参りました。そんな我々の心配をよそに、1年目から見事に花を咲かせてくれました。
ご来館の折にはお見逃しなく、見ごろを迎えた記念館のロウバイをご覧ください。
スタッフ川又
2024.03.11 ミモザ
春らしく暖かな日もあれば、雪が降るほど寒い日もあり、体調を崩しやすい季節となってまいりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
まだまだ寒さの沁みる日もありますが、記念館の横を流れる川辺の菜の花が咲いて見頃となってまいりました。ロウバイやユキヤナギ、トサミズキも花をつけ、記念館は春らしい装いです。
ロウバイ
ユキヤナギ
トサミズキ
春も近付く今日この頃、とある記念日の名前を様々なニュースサイトや新聞で目にしました。それが、3月8日の「国際女性デー」です。
「国際女性デー」とは国際機関によって定められている記念日で、女性の社会参加や地位向上、平等などを訴える日です。世界中で記念行事が開催されているほか、国内でも女性の社会参加や平等などについてのニュースが多数報道されました。
この「国際女性デー」は、別名「ミモザの日」とも言うのだそうです。
ミモザの日と呼ばれる所以は、「国際女性デー」の象徴として親しまれている花だからだそう。イタリアでは3月8日を「Festa della donna」(女性の日)と呼び、男性が女性に感謝の思いを込めてミモザを贈る日でもあるそうです。
最近、道端や公園などでミモザの花をよく見かけておりましたので、この可愛らしい花が「国際女性デー」のシンボルというのは、なんだか嬉しく思われました。
散歩中に見かけたミモザ
さて、記念館でミモザといえば、『ヨーロッパ退屈日記』にございます、「ミモザ」が思い出されます。伊丹さんが飛行機に乗ったら飲むと決めていたカクテルのミモザについてのエッセイです。エッセイでは言及されておりませんが、こちらのカクテルの名前の由来は、黄色い花をつけるミモザに似ているからだと言われています。
飛行機で思い出したが、ヨーロッパの朝食で、一番贅沢な飲物は何だと思う?
グレープ・フルーツ・ジュース、なんかじゃないよ。グレープ・フルーツは、日本では二、三百円、高い時には五百円なんていう時があったが、ロンドンでは、一等いいやつが、一個一シル、即ち五十円だ。
何といっても奢りの頂上は「ミモザ」ということになる。「ミモザ」というのは、シャンパンをオレンジ・ジュースで割ったものだ。
シャンパン、というのは嫌いな人が案外多いものだが、「ミモザ」を作ってすすめると、大概のシャンパン嫌いも、オヤ、という顔をして、どんどんお代わりしたりなぞするようである。
わたくしは、飛行機に乗ったら、飲物は「ミモザ」ときめている。
一等なら、シャンパンは全くタダなのだが、わたくしは滅多に一等には乗らない。短い航路ならともかく、ヨーロッパ往復で、二等との差額が二十何万円にもなっては、乗りたくても乗りようがないではないか。
ところで「ミモザ」の話だが、シャンパンは何も一等と限ったことではないのだ。二等だって、お金さえ払えば、税無しの、素敵に安いシャンパンが飲めるのです。
ポメリーの半壜が、七百円と少しくらいだったと思う。オレンジ・ジュースはタダだから、自分で半々に割って、ま、気楽に召し上がって下さい。
(『ヨーロッパ退屈日記』より「ミモザ」)
「ミモザ」の挿絵で描かれているレモン搾り器
現在は企画展示室にて展示されています。
こちらのエッセイに登場するミモザは、記念館のカフェでもお召し上がりいただけます。
カフェではシャンパンを単品でお取り扱いしております。シャンパンは200mlの壜でのご用意となりますが、シャンパンをご注文の際、ご希望のお客さまにはミモザ用のみかんジュースを1杯分ご提供させていただきます。エッセイの飛行機と同じようにお出ししておりますので、ぜひご自身で混ぜてミモザをお作りください。
シャンパンと1対1で混ぜるみかんジュースは、愛媛みかん、清見タンゴール、デコタンゴールからお選びいただけます。
伊丹さんも愛飲していた、春先にぴったりの爽やかなカクテルのミモザ。ぜひ、エッセイを思いながらお楽しみください。
〈お知らせ〉
開館17周年の記念イベントとして、収蔵庫ツアーを開催いたします!
収蔵庫ツアーは、普段は公開をしていない収蔵庫を学芸員がご案内するツアーとなっておりまして、収蔵庫の2階部分にございます展示室風に整えた収蔵庫展示をご覧いただけます。
イラスト原画や生原稿、愛用品の数々、湯河原の自宅のダイニングを再現したコーナーなど、伊丹さんについてより深く知っていただけるツアーとなっております。
収蔵庫内の様子
2022年の秋からメンバーズ会員様限定のツアーは再開しておりましたが、2019年まで開催していた周年記念イベントでの収蔵庫ツアーは、実に5年ぶりの開催となります。
開催期間は4月19日(金)、4月20日(土)、4月21日(日)の3日間。各日10時30分~と14時30分~の2回ずつ、計6回開催いたします。
ご参加には事前応募が必須となりますので、詳しくはこちらをご覧ください。
※定員を超えるご応募がございました場合は抽選となります。ご了承ください。
この機会にぜひご応募くだされば幸いです。皆さまのご応募、お待ちしております!
学芸員:橘
2024.03.04 伊丹十三記念館の「タンポポ」
記念館便りをご覧の皆さま、こんにちは。3月に入り、ますます春めいてきましたね。
記念館の中庭では、先週ビンカミノールが咲きました。今はまだ花は一つか二つですが、これから増えていき、合わせてタンポポの花が咲いたり桂の木が芽吹いたりと、中庭は徐々に色づいてきます。
ビンカミノール(ヒメツルニチニチソウ)
さて、これから開花が楽しみなタンポポですが、改めて「タンポポ」というと、皆さまは何を思い浮かべますでしょうか。
というのも、つい先日「『タンポポ』いいですよね~」と話すお客様がおられて、私はてっきり映画『タンポポ』のことだと思って映画の話をしましたら、実はお客様は記念館併設の「カフェ・タンポポ」のことを言っていた――なんてことがありました(かみ合わない会話をして、お客様にきょとんとした顔をさせてしまいました...)。
そういえば記念館にはいろいろな「タンポポ」があるなぁと改めて認識して、関連したものを集めてみましたので、皆さまにもご紹介いたしますね。
まずは映画『タンポポ』!
皆さまよくご存知の、伊丹十三監督映画作品です。記念館便りをご覧の皆さまの中には、もしかしたら真っ先に思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれませんね。
常設展示室でご覧いただける、映画『タンポポ』のポスターパネル。
このポスターのポストカードはショップで販売中です
そして展示室の出口を出て右手には「カフェ・タンポポ」があり、ここではタンポポの根っこを焙煎して作られたノンカフェインの「タンポポコーヒー」をお楽しみいただけます。
また、このカフェ・タンポポのガラスや、受付から中庭を望むガラスには、映画『タンポポ』で店の看板の絵に使用された、タンポポのイラストがプリントされています。
カフェ・タンポポの入口
タンポポコーヒー。見た目はコーヒーそっくりの、
"コーヒー風味"の飲み物です
ガラスにプリントされたタンポポイラスト
回廊を通って記念館のショップに来ますと、ガラスにプリントされたものと同じタンポポのイラストが使用された、一筆箋、封筒、ゴム印があります。
左から一筆箋(中身)、一筆箋(外)、封筒
タンポポのゴム印(左がSサイズ、右がMサイズ)
いかがでしょうか。記念館には思った以上に「タンポポ」があって、今更ながらびっくりしてしまいました。
ご来館の際は、ぜひそれぞれの「タンポポ」を見たり楽しんだりしてくださいね。
スタッフ:山岡
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