

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2014.12.22 伊丹十三記念館の階段の手すりをご覧下さい。
こんにちは。 今年も残すところあとわずかとなりました。伊丹十三記念館でも、各自大掃除を始めました。 先日は、2階へ続く階段の手すりのワックスがけを行いました。
開館以来もうすぐ8年、毎日見て、使用していた手すりでありますが、この度ワックスがけを初めておこない、その美しさに驚愕しました。
まず、ひとつ驚いた事は、とにかく全て木でできているのです。特に一番驚いたのは、裏面に金属等がないところ!
イメージ的に裏に金属の板状のものがあって、その金属から溶接された柱の金属が出ているのだと思っていたのですが、裏部分にワックスを塗る際、金属の感触が無い為、「?」と思って目視で確認をした次第です。
そして、この曲線。
なんで木がこんなに自在に曲がっとるんじゃ!
と、独り言を言ってしまうほど「うねうね」に曲がっています。例えて言うなら水あめくらいのうねり具合です。
「芸術新潮」2007年7月号の中の小特集『中村好文設計の「伊丹十三記念館」開館』を見直してみますと、「木製でうねるような階段の手すりを作らせたら右に出るものはいない」と当館を手がけられた建築家中村好文さんが太鼓判を押す、横山浩司氏の作品だということです。
そして極めつけがこの手すりの端っこ。
猫の尻尾をイメージしているそうです。猫好きの伊丹十三さんへのオマージュだそうです。 遊び心~。
残念ながら場所的にこの手すりはお客様にお入り頂くことができないスペースにあり、実物をご覧頂くことはできませんが、画像でご覧頂ければと思いましたのでこの度ご紹介させて頂きました。 また、記念館内で新たな発見がありましたら、ご報告いたしますね。
さて、これが今年最後の記念館便りとなります。 最後になりましたが、どうぞみなさま良いお年をお迎えください!
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年末年始の開館予定
12月28日(日)~1月1日(木)は休館させていただきます。
1月2日(金)、3日(土)は開館時間を10時17時(最終入館16時30分)とさせていただきます。
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スタッフ:川又
2014.12.15 エッセイを読んで
記念館便りをご覧の皆さま、こんにちは。
早いもので、2014年もあと半月あまりとなりました。仕事や行事ごと、その他諸々で何かと気忙しい時期ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
さて、ここ記念館には、伊丹さんのエッセイのファンであるという方が多く来館されます。そんなお客様とお話をしていると、 「●●に載っていた○○を試してみた」というふうに、エッセイに書かれていることを実際にやってみたり、真似たりしたことがある方が、結構いらっしゃるようなのです。
お客様の体験談を少しご紹介しますと――以前、「いい具合に埃がつもるよう、1ヵ月間、車を車庫に入れっぱなしにして乗らなかった」という男性がいらっしゃいました。 このお客様が参考(?)にされたのは、「猫の足あと」(『女たちよ!』より)というエッセイです。記念館のアプローチ脇にある、ベントレーの車庫にも紹介されている文章ですので、 記憶にある方も多いかもしれません。
(前略)私が自分のロータス・エランを赤にしたのは、こいつなら赤でも目立たない、と思ったからでありますが、さらに念を入れるなら、この車はよごれっぱなしのほうがいい。埃や泥はもちろん、小さな引っかき傷や、軽いへこみも、そのままにしておいたほうがいい。
私の分類では、こいつは、雨具や履物の部類に属する。仕立ておろしのレインコートや、ま新しい靴というのが、どうにも気恥ずかしいものであると同様、車も、ある程度薄よごれた感じのほうが、私には乗り心地がいい。
ま、そういうわけで、私は自分のロータスを掃除しないことにしている。昨年の暮れには、ひと月ばかりガレージにいれっぱなしにしておいたから、実にいい具合に埃がつもって、その埃の上に猫の足あとなんかついて、ほとんど私の理想に近い、芸術的なよごれをみせるようになった。
私は、この埃の上に、指で絵を描こうと思った。そうだ!注連飾りの絵を描いて年始に出よう、と思った。(後略)
お客様は、もともとピカピカな車より、多少よごれている車のほうが乗りやすい性質だったとのことで、読んだ瞬間に伊丹さんに賛同されたそうです。そこで伊丹さんの理想に近い芸術的なよごれがどんな感じか見てみたくて、実践したのだと仰っていました。通勤に使われていた車だそうですので、1ヵ月もの間乗らずにやりくりするのは大変だったかと思いますが...。
ちなみに、1か月後、埃自体は「いい具合」につもったそうです。ただ、残念ながら近くに猫がおらず自然に足あとがつかなかったため、知り合いに連れてきてもらった飼い猫に車の上を歩いてもらったのだとか。
他にも、同じく『女たちよ!』にあるエッセイ「黒豆の正しい煮方」をみながら実際に作ってみた、というお話もうかがったことがあります。お正月準備をはじめるこれからの時期にぴったりですが、さすが伊丹さんというか、なんと作るのに2日かかる本格派!!
でも、お客様曰く、手間をかけたぶんとっても美味しかったのだそうですよ。
エッセイを読んだあとにも、こんな楽しみ方があるのですね。
興味を持たれた方は、師走の忙しい合間に、ちょっと伊丹さんのエッセイを開いてみるのはいいかがでしょうか。トライしてみたくなることが見つかるかもしれません。
スタッフ:山岡
2014.12.08 趣味
記念館の常設展示室には、「十三」の名前にちなんだ13の展示コーナーがあり、伊丹さんの「13の顔」をご紹介しています。どんなコーナーがあるのかといいますと、
「池内岳彦」「音楽愛好家」「商業デザイナー」「俳優」「エッセイスト」
「イラストレーター」「料理通」「乗り物マニア」「テレビマン」「猫好き」
「精神分析啓蒙家」「CM作家」「映画監督」
多岐にわたる仕事ぶりはもちろんのこと、趣味についてもご紹介しています。
その中の一つが「音楽愛好家」のコーナー。
伊丹さんが愛用していたギターやヴァイオリンも展示しています
「伊丹さん、幼い頃から自然にクラシック音楽に親しんでいたんだろうな。楽器のお稽古を始めるのも早かったのかな」などと想像してしまいそうですが、そうではなかったようなのです。
「音楽がわからない、という状態が随分永く続いたように思う」という書き出しではじまる伊丹さんのエッセイ(「古典音楽コンプレックス」『ヨーロッパ退屈日記』1965年)には、京都で過ごした小中学生の頃、クラシック音楽に耳を傾け音楽談義に興じる同級生たちを目の当たりにして、「古典音楽コンプレックス」を抱いたことが記されています。
友人たちの、音楽的教養は、小中学生としては、かなり例外的に老成していたものに違いない。
わたくしなんぞ、全く口をさしはさむ余地が無いのである。(中略)これは、育ちが悪いということだ、とわたくしは思ったのです。
「古典音楽コンプレックス」『ヨーロッパ退屈日記』(1965年)
小中学生のクラシック音楽談義――それは随分特殊なことだと思いますけれども、伊丹さんは「友達づきあいというのはつらいもの」とまで感じたのだそうです。
そんな伊丹さんですが、その後古典音楽コンプレックスを解消します。
その経緯を、三つの段階に分けて(!)細かく分析しているのですが、詳しくは、ぜひ『ヨーロッパ退屈日記』を読んでみてください。面白いですよ。
そのコンプレックス解消の過程でヴァイオリンを習い始め(21歳のとき)、やがては「楽器とはその人の終生の友」と表現するまでに。こうなると、まさに「音楽愛好家」ですね。
伊丹さんが「論理的な物の考え方」を学んだという
カール・フレッシュの「ヴァイオリン奏法」
――さて、早いもので今年ももう師走です。
この一年を振り返って、「年のはじめには、新たな気持ちで"趣味の上達"を目標に掲げていたはずなのに、結果はぜんぜん......」という方もいらっしゃると思います。
そんなときは、伊丹さんのこんな言葉を思い出してみてください。
わたくしは声を大にしていおう。楽器というものは愉しいものである、と。そうして楽器というものは三、四歳の頃から習い始めなければならない、というのは最も悪質なデマである、と。職業的演奏家を志すのならいざ知らず、自分で愉しむ程度のことなら何歳になってからでも遅くはないのだ。(中略)
深く楽器を愛する心と、そうして根気を持った人なら何の躊躇(ためら)うことがあろうか。思うに楽器とはその人の終生の友である。決して裏切ることのない友である。わたくしは心の底からそのように感じるのであります。
「最終楽章」『ヨーロッパ退屈日記』(1965年)
「楽器」をご自身の趣味やお稽古事に置き換えてみてください――少なからず励まされるところがありませんか?
停滞気味の趣味やお稽古を「来年こそは、あきらめずにがんばるぞ!」という気持ちにさせてくれる言葉かなと思い、ご紹介させていただきました。
記念館の常設展示室「音楽愛好家」のコーナーも、ぜひご覧くださいませ。
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【年末年始のお知らせ】
12月28日(日)~1月1日(木)は休館させていただきます。
1月2日(金)、3日(土)は開館時間を10時~17時(最終入館16時30分)とさせていただきます。
スタッフ:淺野
2014.12.01 『ポテト・ブック』復刊!!
『主夫と生活』(アノニマ・スタジオ)に続いて、『ポテト・ブック』(河出書房新社)が復刊され、記念館のグッズショップでも販売を開始いたしました。
『ポテト・ブック』も『主夫と生活』同様、元はアメリカのベストセラーで、伊丹十三が翻訳を手がけています(アメリカでは1973年、日本では1976年出版)。
長らく絶版になっていて、記念館のお客様からも「どうしたら手に入りますか?」とのお声がとくに多かった訳書が、しかも2冊ほぼ同時に復刊されるとは、嬉しい限りです。
復刊への道のりがどういうものか、出版素人の私には想像するしかありませんが、熱い思いをもって企画してくださったにちがいない出版社のみなさまにお礼申しあげます。
左が1976年の『ポテト・ブック』(ブックマン社)、右が復刊版。
矢吹申彦さんの表紙イラスト、サイズ、中のページもすべて同じ、完全復刻です!
※復刊版には矢吹さんのすばらしいエッセイが加えられています※
ところで、ちょっぴり気になっていることが。
いえ、心配しているのではなくて、ひそかに興味を抱いてるってことなんですけれど、『ポテト・ブック』って書店ではどのコーナーに陳列されるんでしょうか??
なにせレシピ――伊丹十三風に申しあげるならレセピー――がオードブル――伊丹十三風に申しあげるならオール・ドゥーブル――からお菓子にいたるまで、なんとなんと98種もおさめられているのですから、立派な料理本と言えます。「言えます」も何も、腰帯にそう書いてありますし、訳者まえがきの冒頭にも「アメリカからやってきた料理の本であります」とあるんですけどね。
でも、「決してただの料理の本とは思ってないんです」とも。
この本は、そもそもは、アメリカのとある私立学校が奨学基金を作るために出版したもので、「わが校はポテト畑にあるから」という理由でじゃがいもがテーマになったんだそうです。
だからといって、じゃがいもだけでまるまる一冊の本ができあがってしまううえにベストセラーになるなんて、アメリカ社会におけるじゃがいもの重要性・スター性は日本におけるお米やお豆腐を超えるかもしれません......それでね、伊丹さんの言うには、
私はこの本を訳しながら、片っ端から作ってみましたよ。作っちゃぁ女房子供に食べさせた。これは楽しかったですね。ポテト料理というのは、安直でいながら、しかも想像力を刺戟するところがいいんです。つまり、今までせいぜい、じゃがいもの煮ころがしや、挽き肉とじゃがいもを甘辛く煮たやつや、マーケットのポテト・サラダや、肉屋で買ってくる冷えたコロッケや、どちらかといえば夢のない、いかにもお惣菜風の扱いでしかなかったポテトの彼方に、突如として、広広とした新大陸が出現したんです。ポテト料理とともに、牧畜文化が、大規模農業が、そして、それを生み出した生活のゆとりが、私の周辺に漂ってくると思われた......
『ポテト・ブック』訳者まえがきより
日本でもごくありふれた野菜のじゃがいもですが、そういう「誰もがあたり前だと思っているもの」をとっかかりにして、ものごとの本質にせまりながら広い世界を語ってしまうという方法、伊丹十三の著書やテレビや映画と同じですね。伊丹さん、訳しながらニコニコしてたんだろうなぁ。
ということで、「じゃがいもの料理本を買ってきたつもりがアメリカ文化・西洋文化が詰まってた!」という驚きも楽しめる本、それが『ポテト・ブック』なのです。
(「えっ、バターをそんなに入れるの!?オーブンで1時間半も!?これだから西洋人の料理は......」っていうようなことも含めてネ。)
さあ、全国の書店さんは、この本をお店のどこに並べるのでしょうか。店員さんのセンスによっては社会学系の書棚に......!?
店頭検索機を使わずに探してみるのも面白そうです。
【オマケ】
カバーを外して"ムキ身"にしてもほとんど同じ!
なんとすさまじい完全復刻ぶりでしょうか~! 脱帽!!
学芸員:中野

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