こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2012.03.26 春の季節
みなさまこんにちは。日が経つにつれて太陽の光が暖かく感じる今日この頃です。記念館の正面入り口前には菜の花が咲き、黄色に輝いて見えます。

桜が咲くまでにはもうしばらく時間が必要のようですが、春はすぐ近くまできているようです。毎日開館前に掃除をしているのですが、記念館で掃除をするようになってから天候や気温、外の景色を気にするようになりました。景色等を気にするので自然と四季も感じるようになり、ご来館されるお客様について「今日はどのお住まいのお客様がご来館されるのかな。」など考えながら掃除をしています。そんな一日のはじまりからお客様をお迎えし、はじめてご来館されたお客様からは建物についてや展示物、開館日、私個人のことなどいろんなことをご質問していただけます。そのご質問内容はとてもまっすぐで、お客様の素直なお気持ちが伝わってきます。
そんなときに思い出すのが『問いつめられたパパとママの本』です。この本は知識に対する憧れと畏れ(おそれ)を身につけ、子どもの好奇心の芽を正しく伸ばしたいと希望する、心優しき大人たちへ向けて書かれた本です。子供の頃、密かに疑問に思っていたことを十三さんが優しげな文章で答えてくれています。私の気になる文章を一部ご紹介しますと『ドウシテ未開人ガイルノ?』(新潮文庫 146ページから152ページ)では未開社会の特徴は「閉鎖的」でそれを実行しているのが未開人であるけれど、「閉鎖的」というのは結果であって原因ではない。交流できない場所に住んだから未開人になり、孤立した社会を営んできたから閉鎖的になったわけで、人間はそもそも開放的で人間好きであるという内容です。「人間はそもそも開放的で人間好きである」という文章を読むと記念館のスタッフとして記念館を交流の場としてどう展開していけば良いかと考えます。良い展開であるということは一つだけではなく何通りもあると思います。

全国の色んな地域から来られる多くのお客様に良き交流の場になればこれほど素敵なことはないと思いました。スタッフ:井川
2012.03.19 ご縁
記念館だよりをご覧のみなさま、こんにちは~!いよいよ春到来!春の陽気が幸せな気分にさせてくれる今日この頃です。しかし、春は旅立ちや別れの季節でもあり切ない気持ちになったりもします。今年は子供の保育園の同い年のお友達が幼稚園に切り替えの年で、仲の良かったお友達やお母さんとの別れがあり、子供より私の方がさみしがってる毎日です。
みなさんは「ご縁」を大事にされていますか?私は昔あるTV番組を観てからすごく「縁」を大切に思うようになりました。なんの番組だったか憶えてなく内容もあいまいなのですが、人間が生きている間に関われる人の数は平均で4000人くらいしかいないというような内容だったと記憶しています。その時「少なっ!」と驚いたのを憶えています。 今現在、世界の人口は1分に137人、1日で20万人、1年で7千万人増えているそうです。今この時も世界には70億人という人が同じ時代を生きていて、80歳まで生きると考えると相当な数の人たちと共に時代を過ごしているのに、その間自分が関わりを持てるのはたった4000人しかいないなんて意外でした。その番組に出ていた方が、自分にとって必要な人が選ばれてめぐり合えるようになっているというようなお話をされていました。その中にはこの人とは合わないなという人もいるだろうけど、そういう人に出会ったからこそ自分が成長できる時もあり、どう接していくか悩んだりこういうような人にはならないようにしようと学んだり、人の気持ちがわかるようになったりと、いい人達ばかりに囲まれていてはそういう壁に出会う事ができず、視野を広げることができません。
私も何度か人間関係で悩んだ経験があります。しかし、今振り返ってみると、あの時のあの出会いがなければ今の自分はいないなとか、あの経験があったからこそ強くなれていたり、やっぱり自分にとって必要な出会いだったと感じています。これから出会う人も自分を成長させてくれたり、自分の為に必要な人なんだと思うとどんな人に出会えるのか楽しみになってきます。その番組を観てからは人との接し方も変わってきました。なるべく多くの人に出会いたいと思い、自分からどんどん話しかけたりコミュニケーションを図ったり、合わないなと思う人と出会ってもその人のいい所を探して嫌なままにしないように心がけたりしています。身近な人からは八方美人と言われることもありますが、私はせっかく出会えたご縁を大切にして、お互いがあなたと出会えてよかったと思えるような関係をつくり、楽しく過ごしたいと思っています。
この4000人という情報が間違った記憶だったとしても、それをきっかけに自分の考えが変わり人生をより楽しむ力となったのは確かなので、この番組に出会えた縁にも感謝です。
記念館にはいろんなお客様がご来館されるので、お客様とお話させていただく中でいろいろ勉強になったり、刺激になったり楽しませていただいております。伊丹さんのこれが好きとか昔TVでこんな事言ってたんだよなどとお客様とお話しで盛り上がっていると、別のお客様も入ってきて、自分の方がイタミスト対決なんか始めたりすると楽しくてたまらなくなります。気がつけば私は蚊帳の外で、お客様同士で盛り上がっています。ここでたまたま出会えた、同じ事に興味を持った人同士が昔夢中になった物や事について熱く語り、若かった頃の事を思い出しながら笑い合っている姿は見ていて幸せな気分になります。
いろいろな偶然が重なってここに来る事ができた方、ずーっと来たくてやっと来れたという方、たくさんの方がいろんな思いを持ってご来館して下さります。このご縁を大切にこれからも自分なりに一生懸命おもてなしをしていこうと思います。記念館にお越しの際はぜひお気軽にスタッフに話しかけてくださいね!これからもたくさんの笑顔であふれる記念館でたくさんの方と出会えることを楽しみにしています。
スタッフ:木山
2012.03.12 だまされるものの罪
進学や就職で来月から新しい土地での生活が始まる方、家族が引っ越しをすることが決まった方は準備に忙しい時期でしょうか。
突然ではありますが、新生活の荷造りのリストの中に追加して頂きたいものがあります。
伊丹十三の父・伊丹万作著『伊丹万作エッセイ集』(ちくま学芸文庫/税込価格1,470円)です。といいますのもその中で有名な『戦争責任者の問題』を読んでいただきたいからであります。
伊丹万作はこのエッセイの中で当時の日本人の「上のほうからからだまされて戦争をしてしまった」という雰囲気に「だますものだけでは戦争は起こらない、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまった国民の文化的無気力、無反省、無責任などが悪の本体である」とくぎを刺しています。
話は少し変わりますが大学で一人暮らしを始めてすぐに100万円(?!)近くするパソコンを営業されて契約してしまった人や、高額なエステの契約をしてしまった人、大学に入ってすぐに友達から影響された宗教活動にのめり込み、大学を辞めてしまった人、いろんな人を見て来ました。みなさんも似たような話を見たり聞いたりしたことがあろうかと思います。「だまされた」と言ってしまうと問題があることもありますが、どちらにしろ周りのものは心を痛めて見ていることしかできません。
このエッセイの中で伊丹万作は「だまされるものの罪」についてこんなふうに語っています。
「だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはいないのである。だまされたとさえいえば、いっさいの責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からもくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持っている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばっていいこととは、されていないのである。」
この文を読んでみなさんはだまされた人はかわいそうだと思いますか。だましたものだけが悪だと思いますか...
「国は私たちをだましていたんだ!」とか「あの人は悪い人にだまされて人が変わってしまった!」とかいろんな「だまされた」が潜んでいるこのご時世に、このエッセイを読んでおいて損はありません。個人的にはもう教科書に載せて欲しいと思うくらいです。
ちなみにこの「戦争責任者の問題」のエッセイは当館の企画展示室に全文を掲載しております。また「伊丹万作エッセイ集」は記念館グッズショップにて販売しています。ぜひどうぞ。
スタッフ:川又
2012.03.05 『ワイドサタデー』と伊丹さん
1970年代に伊丹さんが出演し、毎週土曜日の午後3時から西日本で放送されていた『多元生中継テレビショー ワイドサタデー』という番組をご存知でしょうか?
という情報をお寄せくださったのは、当時、この番組の担当ディレクターでいらっしゃった、元南海放送の平岡英さん。長年大切に保管なさっていた台本・写真とともに、いろいろとお話をお聞かせくださいました。
(宇和島からの生中継の日、平岡さんと伊丹さん)この番組は、大阪の朝日放送を基幹局に、山陽放送、中国放送、大分放送、RKB毎日放送、南海放送、宮崎放送、四国放送が、それぞれの地域の面白い人物、風物などの紹介を企画、リポーターである司会者が各地に赴き、生放送の最中にさまざまな人々や出来事に出会う—というものだったそうです。
例えば、平岡さんにいただいた台本によりますと...
第197回(1974年10月19日放送)「終着駅の旅 その1」では、伊丹さんの担当した宇和島駅の他には、柴田美保子さんが門司港駅から、小林京子さんが宇野駅からリポート。
第209回(1975年1月18日放送)「たくましく生きる」では、伊丹さんは中山町(現伊予市中山)で昔ながらの暮らしを営むご家庭を訪問、柴田さんは尾道の魚売りの女性を取材、という具合です。
平岡さんは、「この番組の生中継のために、東京から西日本のいろいろなところへ毎週遠出していたわけですから、伊丹さんにとっては大変な労力だったと思います」とおっしゃいますが、スタッフの方々も相当なご苦労がおありだったことと思います。何しろ、街中ではなく山村漁村が舞台になることもあり、今のように衛星中継ではなく地上波での中継、カメラなどの機材もまだまだ重く大きかった頃ですから。
『ワイドサタデー』で、南海放送は(伊丹さんのリポート回ではなかったそうですが)宇和海海中公園の、文字通り「海の中」からの生中継という快挙も達成なさったそうです(カラー放送では世界初の水中からの生中継ではないか、と言われているそうですヨ!)。いわゆる「半ドン」の土曜日の昼下がり、遠い土地や見たこともない光景のライブ映像に魅了された方はたくさんいらっしゃったと思いますし、伊丹さんも、チャレンジ精神に富んだスタッフといろいろな場所へ行ける、刺激的な生中継を大いに楽しんでいただろうと思います。
ところで、平岡さんは松山東高校で伊丹さんと同級生でいらっしゃったそうです。平岡さんのお姿を見つけた伊丹さんから「やぁ、おひさしぶり」と声をかけられたというお話も伺って、「高校の同級生と約20年ぶりに現場で再会...なかなかにドラマチックですねぇ」と思いつつ、伊丹さんが言った「やぁ、おひさしぶり」の声と、ニッコリする表情が目の前の出来事のように想像されたのでした。
平岡さん、貴重な思い出のお品、お話、ありがとうございました。
この番組をご覧になったことのある方、ぜひその思い出をお聞かせください。
※当館では、伊丹十三に関する資料・情報提供をお待ちしております。
ささいなことでも、ぜひお知らせくださいませ。

