こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2026.10.05 二人の背景
かれこれ2年以上前になりますが、こんなことがありました。
ある休日、所用のため家路を急いでいたときのことです。
駅からの道を小走りに四つ辻を通過しようとすると、私の進路と交差する道に高齢の男性が倒れているのが視界に入りました。30~40メートルほど離れていたでしょうか。
倒れている、というよりは「転倒して起き上がろうとしているのに起き上がれない」という様子でした。そばにシルバーカー(座れるお買い物カート)があることから、歩行にご不自由がある方なのだろうと察せられました。
一緒にいる奥様らしき方はお元気そうだから、余計なお世話かも。
でも奥様一人で助け起こすのは無理だよね。
帰りたいけど寝覚めの悪い思いはしたくない、手伝いに行こう。
あれ、奥様は助ける気が全然なさそう。
ずっと腕組みして立ってるだけなの、なんでだろ。
駆け寄る間に不穏な空気をじわじわ感じ取りつつ「大丈夫ですか~」と声をかけると、二人が同時に口を開きました。
「大丈夫ですッッ!!」(奥様)
「大丈夫じゃないッッ!!」(おじいさん)
あのう、妙に険悪な雰囲気だなって気付いてましたけど......
二人ともにキレられる私の立場って......
私とは逆側から駆けつけたミドル女性と力を合わせておじいさんを助け起こし、シルバーカーに座らせる間も、奥様は不機嫌丸出しで腕組みをしたままでした。
「ホラ! あなたはまたそうやって人に迷惑をかける!」
「いつもそうなんだから!」
「やってもらって当たり前だと思ってるんでしょう!」
おじいさんは言い返さないのか言い返せないのか、ムスッと押し黙るばかり。
「色々間違ってる、と思うけど、何にも言えないな」と思いました。
おそらく、この出来事の背景には、50年にもわたる二人だけのあれこれが分厚く積み重なっていたのでしょう。そんな背景も老朽化して脆くなっていたのかフとした拍子にドカンと決壊、「ケガがなくてよかった」も「助けてくれてありがとう」も生まれようがない状況になっていた、そこへたまたま通りかかった私が何かを言ってもね、と。
帰宅を急ぐ気は消え失せて、ノロノロ歩きの残りの道々、「あの二人だからこそ至った今日なんだな」と考えていました。
「とんでもないドラマを垣間見てしまった」「よくできた映画に巻き込まれたかのようだ」という気分でした。
さて、翻って映画ではどうか――
ある夫婦を映画に登場させるとなりますと、いい俳優を男女ひとりずつキャスティングしたからといって成立するものではありません。
「ウン十年のあれこれ」がありそうに見える、いかにも夫婦に見える二人を組み合わせる必要があります。(もちろん、シナリオや演出、俳優の演技によるところも大ですが。)
有名な映画で言いますと、小津安二郎監督の『東京物語』の笠智衆さんと東山千栄子さんが一番の好例でしょうか。「実年齢では笠さんのほうが14歳も年下だったの!?」とビックリするところまでが一連の流れ、ということでも有名ですね。
伊丹映画にも夫婦の関係性や歴史を感じさせる二人組がたくさん登場して、映画の中の世界を豊かにしています。何組かご紹介してみましょう。
トップバッターは監督デビュー作『お葬式』(1984)冒頭の奥村公延さん&菅井きんさん。
「120まで生きにゃいかんでよ、若い妾でも持ってなあ」
「ああ、ああ、どうぞ好きなようにやってちょうだい」
『マルサの女』(1987)、税務調査で申告漏れを指摘される柳谷寛さん&杉山とく子さん。小さな食料品店を営んでいます。
演技とたたずまい、お店の様子から
必死に暮らしてきたことが伝わってきます。
同じく『マルサの女』。出演シーンは極短ですが、ベンガルさん&畠山明子さんもナイスカップル。
投げ与えられた夜逃げ資金の札束をダメ夫より早く
拾い上げて離さない妻。泣きじゃくってるのに強い(笑)。
『静かな生活』(1995)の岡村喬生さん&宮本館長は、絵本の登場人物のようでいてメルヘンすぎない夫婦です。
声楽家の岡村さんが演じるのは、主人公の兄・イーヨーの作曲の先生。
伊丹監督は『お葬式』の時から岡村さんを出演候補に挙げていたんだそうですよ。
贅沢なキャスティングは伊丹映画のお楽しみのひとつですが、さらに踏み込んで「組み合わせ」にも注目していただくと、味わいがより深まると思います。
あの道端のご夫婦、仲良くしているといいなぁ......という祈りをこめて、今回の記念館便りをお納めいたします。
学芸員 : 中野
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