記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2026.09.07 料理のお手本

9月になりました。


まだまだ30℃超えの日が続いている松山も、朝晩の気温は体感より低くなってきているようです。お盆を過ぎた頃だったでしょうか、お風呂場の鏡がどうも曇りがちだと気付きました。
入浴のたび「伊丹エッセイで言えば『満員電車からはみ出してる』ってやつだね」と鏡を拭っては、秋の訪れを感じています。

 たとえば、一台の電車が、真夏のある日30人で満員になったとします。その同じ電車が、真冬になると、厚着をした人々のためにたった10人で満員になってしまった――もちろんこんな極端なことが現実に起こるわけはありませんが、飽和状態におよぼす温度の影響は、ほぼこれに近いものと考えていただきたい。
 摂氏30度の空気1立方メートルを飽和するに必要な水蒸気の量は、約30グラムでありますが、同じ1立方メートルの空気が、摂氏10度の場合、わずか10グラムの水蒸気によって飽和状態に達してしまう。
 (中略)先ほどの満員電車の例で申しますなら、夏には乗れていたはずの乗客が、冬になると20人はみだすということになる。

「冬ニナルトドウシテイキガ白クナルノ?」
問いつめられたパパとママの本』(中央公論社、1968年)より

20260907_1.jpgはみだした水蒸気は気体であることをやめるほかなく、
たとえば細かい水滴になる。これを「凝結」という。
と続きます。

季節のごあいさつが長くなってしまいました。
せっかくですから、この時季の松山名物をご紹介しましょうか。

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「松山長なす」といって、8月のはじめ頃から出回る、長~いナスです。
30cm近くありますが、短いほうです。
松山っ子の中には、夏秋のナスの長さを誇らしく思っている人もいるくらいです。
1970年代の稲作転換対策で栽培が盛んになったのだそうです。

「切らないと調理できないんだから、長いまま食べるわけじゃないんだから、こんなに長くなくてもいいのでは...」と思うんですけどね、季節のものだし、加熱するとトロリと甘くておいしいし、買わずにはいられません。

産直のような特別なお店でなくとも、今の季節はどのスーパーでも山積みになっていますので、ご遠方からご来館くださる方、ナスがお好きでしたらぜひお試しいただきたいです。
近年は、さらに長くてひとまわり太い「ふわとろ長なす」「甘とろ長なす」という品種もよく作られていますから、食べ比べなんていかがでしょう。

――と、いうふうに、愛媛産の旬の野菜や魚を意識的に取り入れて日々の食事をぼちぼちとこしらえていますが、実は、恥ずかしながら、全くといっていいほど自炊ができなくなった時期があって、けっこう長く続きました。

再開のきっかけになったのは、辻嘉一さんの『料理のお手本』(中公文庫、1979年)

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懐石料理の"辻留さん"としてしばしば伊丹エッセイに登場する辻嘉一さんにはご著書が多数ありまして、何か一冊、と古本で購入したものです。

この本の中で、辻さんが繰り返しお書きになっていたのが

「日本のご家庭では料理を甘辛くしすぎる、とくに砂糖を使いすぎ」
「旬のもの、新鮮なもの即ち近くでとれたものを選びましょう」
「そういうものには天然の甘みが十分にある」
「余計な味付けをしない、外面の細工も不要」

といったようなことで、料理の根本を諄々と説かれるうちに「それなら私にもできる」「四季折々、地物の野菜もお魚も松山にはたくさんあるもんな」と思えたんですね。

「一流の懐石料理の料理人の本、難しいことが書いてあるんだろうなぁ。まあいいや、お料理できない間は勉強だ」と手に取った本で、コロッと実践復帰できたわけです。まさに料理のお手本。

伊丹十三のエッセイには、様々な書物や書き手の名前が登場します。
ちょっとでも気になったものを"読書の数珠繋ぎ"的にたどってみると、思いもかけない扉を発見できるかもしれません。

さ、今夜は松山の長いナスを焼くとしましょうか。
お醬油も何もかけないで焼きナスを食べるのがマイブームであります。

学芸員 : 中野

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