こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2024.04.22 伊丹十三とVFX
気がつけば4月も下旬、1年の3分の1が過ぎ去ろうとしています。
「停車した駅あったっけ?」と首をかしげたくなるほどに超特急な2024年でありますが、今から1ヵ月あまり前、まことにおめでたい映画ニュース――『ゴジラ -1.0(マイナスワン)』がアカデミー賞視覚効果賞を受賞! という吉報が日本を沸かせましたねぇ。
山崎貴さん(監督・脚本・VFX)のスピーチ、監督とともに渋谷紀世子さん(VFXディレクター)、髙橋正紀さん(3DCGディレクター)、野島達司さん(エフェクトアーティスト/コンポジター)の面々、すなわち、VFXプロダクション"白組"の方々がオスカー像を受け取る様子は、皆様、テレビやウェブサイトで何度もご覧になられたことでしょう。
白組は1974年設立、日本の特撮魂をベースに、アニメーションやCGによる映像制作を行うクリエイターたちが集っている企業です。
この白組、殊に山崎貴監督が、劇映画に携わるようになった初期の作品が伊丹映画だったことに触れた報道もありましたので、「山崎監督と伊丹さんにご縁があったとは!」と初めてお知りになった方、少なからずいらしたのではないでしょうか。
伊丹映画がVFXを導入した初めての作品は『マルサの女2』(1988年公開)。
地上げで巨額の利益を得ながら脱税を重ねてきた男が見る悪夢のシーンです。
このシーンの伊丹十三による直筆絵コンテ!
常設展「十三 映画監督」のコーナーでご覧いただけます。
それから、『大病人』(1993年公開)での主人公の臨死体験シーンでは、アナログの特撮とデジタル合成とが見事に融合した表現の数々をご覧いただくことができます。
若かりし頃の山崎さんと渋谷さんは、白組の調布スタジオで試行錯誤を重ね、伊丹さんとの打ち合わせを反映させたテスト映像を携えて、伊丹組のスタッフルームがあった日活撮影所との間を自転車で往復する日々を送られたそうです。(若いってすばらしい!と、四十路真っただ中のわたくしは唸ってしまいます......)
伊丹監督・伊丹組が若い方々の意見を柔軟に取り入れていたことなどなど、『白組読本』(公野勉/風塵社/2016年)で詳しくお読みいただけます。
半世紀にわたり最先端技術とクオリティの高さで映像の世界を開拓してきた集団の組織論としても、大変参考になる一冊です。ご興味のわいた方、ぜひお求めになってみてください。
一方、伊丹さんはといいますと、白組との協働について、こんな言葉を残しています。
合成に関しては、白組というのがあって、ずいぶん進歩した技術で合成をやってくれるんだけど、合成してもらう素材はこっちが心を込めて撮って渡さなきゃだめね。
立木義浩『伊丹十三映画の舞台裏 大病人の大現場』(集英社/1993年)
「心を込めて」というフレーズに、「1本の映画をまとめ上げてお客さんに届けて楽しんでもらうには、どのパート・どの世代も対等に話し合って、各々が全力を注がなくてはならない」という伊丹十三の映画作りの根本精神が詰まっていると感じます。
今回のご受賞、伊丹さんも心からの笑顔で拍手を送っていることでしょう。
これからの白組の皆さんのご活躍も楽しみにしております、遅くなりましたがこのたびは本当におめでとうございました!
右:『白組読本』
左:『伊丹十三映画の舞台裏 大病人の大現場』
どちらもオススメです!!
学芸員:中野
2024.04.15 伊丹十三とペタンク
先日「好きな部活」というトークテーマのラジオを聞いておりましたら、「ペタンク部」に所属しているという高校生からのお便りが読まれていました。そのラジオの出演者の方々は「ペタンク」を知らないということでしたが、みなさまはご存知でしょうか。ペタンクとはフランス発祥のスポーツで、「的」により近づけるように鉄の球を投げる球戯です。
伊丹さんファンの方の中にはご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、実は伊丹さんは「(自称)全日本ペタンク愛好家連盟会長」だったそうです。
伊丹さんのエッセイ『ヨーロッパ退屈日記』の『ペタンクと焙り肉』に、ペタンクについて詳しい説明が書かれておりますのでここでご紹介させていただきます。
「南仏の村人達のリクリエイションは、ペタンクという球戯であるが、これは、見る人に少々哀れを催させるほどに単純なゲームである。即ち、まず一人が二個ないし四個ずつの鉄の球を持つ。球の大きさは、野球のボールくらいだろう。
最初のプレイヤーが、「コショネ」と称する小さな木製の球を投げる。距離は六メートル以上十五メートル以内と定められている。これを標的にして順順に鉄の球を投げ、コショネに一番近いものが勝ち、ということになる。
仮にきみの球が一番近く、ぼくが二番であったとすると、きみは一点を得点する。
仮にきみの球Aが一番近く、きみの球Bが二番目、Cが三番目、ぼくの球が四番目であれば、きみの得点は三点である。
このようにして得点を加え、最初に十五点に達したものが勝利者になって、ワン・ゲームが終わるという、実に素朴なものであるが、単純なだけに、却って複雑な掛引き、高度の技術を要し、その「球趣は尽きるところがない」
わたくしは、今、四人用の球のセットをフランスから持ち帰って、「全日本ペタンク愛好家連盟会長」を自称しているのである。」
『ヨーロッパ退屈日記』の表紙のこの右下の丸いもの、これはペタンクの球を描いたものだそうです。
ヨーロッパ退屈日記の表紙
ペタンクに高校の部活動まであるというのは今回初めて知りましたが、改めて調べてみますと全国各地の市町村に「ペタンク連盟」や「ペタンク協会」が存在しているようです。道具についても伊丹さんはフランスから持ち帰ったということできっと大変だったと思いますが、現代ではお察しの通り今日注文すれば明日明後日には届くようです。是非チェックしてみてください。
『ヨーロッパ退屈日記』のご購入は こちら から
スタッフ:川又
2024.04.08 丼めし
4月に入り温かい日も増えてまいりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
記念館では、昨年植えたロウバイにも葉が芽吹きはじめました。マンサクはまだ葉が出ておりませんが、もう少しで芽吹きそうな様子です。トサミズキや中庭の桂は葉が増え、賑やかになってきております。
ロウバイ
マンサク
中庭の桂
さて、前回の記念館便りでも紹介がございました通り、4月1日より企画展示室のスペシャル映像コーナーの「伊丹レシピ、私流。」にて新しく、映画評論家の三浦哲哉さんのスライドショーが追加されました。
三浦さんがご紹介くださるのは、満足飯。スライドショーをご覧になってお気付きの方もいらっしゃることと存じますが、こちらは書籍『ぼくの伯父さん』に収録されております、「丼めし」にて紹介されておりますレシピです。「丼めし」は下のようにエッセイが始まります。
辻留さんのお書きになった料理を、私は随分と片っ端から作ってみましたが、一番好評だったのが、"満足飯"というのです。これは、料理というよりも、もう少し原始的な段階の魚の食べ方なので、これが一番好評だったなどというと、辻留さんは不本意に思われるかも知れぬが、ともかく旨い。
(『ぼくの伯父さん』より「丼めし」)
伊丹さんが振る舞い、好評だったという満足飯。三浦さん流にアレンジされたレシピにてご紹介されますので、ご来館の際はぜひ新しいスライドショーをお楽しみください。
また、エッセイ「丼めし」には挿絵がついておりまして、こちらの原画を企画展室内にてご覧いただけます。
写実的な鉛筆画は、木目模様はもちろん、椀に反射する光や風景まで描かれており、つるんとした手触りまで感じられそうな原画イラストとなっております。
直筆原画・原稿コーナーにて展示中
ちなみに、同じ展示室内にてこのイラストの元になった椀も展示しております。ぜひ、実物と見比べてみてください。
「食べたり、」のコーナーにて展示中
エッセイやイラスト原画、スライドショーと、複数の面からお楽しみいただけます満足飯。ぜひエッセイをご一読いただいてから、展示をお楽しみいただけますと幸いです。
『ぼくの伯父さん』と中庭のタンポポ
学芸員:橘
2024.04.01 新年度がスタートしました
記念館便りをご覧の皆さま、こんにちは。
記念館の中庭では、桂が芽吹き始めました。
顔を出した可愛らしい黄緑の葉っぱが日に日に増えてきています。
さて今日から4月ですね。新しい学校、新しい仕事、新しい生活など、何かが新しく始まるという方も多いのではないでしょうか。
記念館も新年度を迎え、本日から以下の2つがスタートしますのでご案内させていただきます。
<<企画展のスペシャル映像コーナーに新作スライドショーが登場!>>
大好評開催中の企画展『伊丹十三の「食べたり呑んだり作ったり。」』のスペシャル映像コーナーに、新しいスライドショーが登場します。
スペシャル映像のひとつ「伊丹レシピ、私流。」では、伊丹さんのファンである各界の方々が、ご自分流にアレンジした伊丹さんにまつわる料理をスライドショーで紹介してくださいます。
新たに登場するのは、映画評論家の三浦哲哉さんによる「満足飯」です。どんなアレンジ料理を披露してくださるのか、ぜひ実際にご覧ください!
【4月1日(月)からの「伊丹レシピ、私流。」スライドショー】(二本立て)
・マンガ家・エッセイストの瀧波ユカリさんによる「最期のチャーハン」
・映画評論家の三浦哲哉さんによる「満足飯」
<<カフェ・タンポポで期間限定メニューがはじまります>>
期間を限ってご提供する「豆乳イチゴ」「アイスコーヒー」「アイスティー」を本日より開始いたします。
「豆乳イチゴ」は毎年春にスタートする人気メニューです。愛媛県内産のイチゴと豆乳をミックスしたシンプルな飲み物ですが、イチゴの酸味と甘みに豆乳のまろやかさが加わり、さっぱりとした甘さをお楽しみいただけます。
また、暑さが本格的になる季節はまだ少し先ですが、少しずつ気温が上がり始めるこの時期から「注文できますか?」とお尋ねが増えてくる「アイスコーヒー」「アイスティー」も同時にスタートです!
天気のいい日は日中汗ばむほどの陽気になり、冷たい飲み物が欲しくなりはじめる時期ですよね。カフェ・タンポポにお立ち寄りの際は、ぜひ冷たい飲み物で一息ついてください。
新年度も、伊丹十三記念館をよろしくお願いいたします。
スタッフ:山岡
2024.03.25 3月のグッド・ラック
3月半ばの休日、自宅のテレビをつけるとセンバツ高等野球。
春の休日ならではのお楽しみだなぁ、と堪能しています。(夏の選手権が朝8時に試合開始で出勤日でも第一試合の序盤は見られるのに対し、朝9時に試合が始まるセンバツは休みでなければ見られないので......)
野球はプロ野球もMLBも見ます。他の競技では、フィギュアスケートやスキージャンプ、それから、近年は大相撲も面白いと感じるようになりました。ラグビーやアメリカンフットボールは、ルールや戦略を理解して見られるようになってみたい! と憧れたりも。
お気に入りのチームや選手に肩入れしすぎてちょっと疲れてしまったこともありましたけれど、「私が松山で『ガンバレガンバレ』といくらリキんだところで役に立つわけでなし――ああ、そうか『ナイス・ゲーム頼むよ~』と『グッド・ラック!』でいいんだ」と気付いてからは、ユルめの気分で眺められるようになりました。
"グッド・ラック"。
そういう表現があることはもちろん知ってはいましたが、伊丹エッセイで「なるほど、いいな~」と思い、自分の実用ボキャブラリーに取り入れた言葉です。
そのエッセイをちょっと引いてみましょうか。
「これは荒木博之っていう先生の説なんだが――あんた、高野球好きでしょ?」
「ああ、大好きだね、テレビが始まるともう齧りついて応援するもんね」
「応援するときはガンバレっていうんじゃない?」
「そりゃそうですよ、他になんてって応援するんです」
「そこなんだよなあ、荒木先生がいうのは。われわれがスポーツ選手を応援する言葉は必ずガンバレであって、それ以外の言葉は絶対に使わないってんだな」
「スポーツだけじゃないですよ。この前ミス・ワールドだかなんだかの日本代表が決勝戦で外国行く時も、インタビューでガンバッテキマスって云ってましたぜ。ガンバルったってどうガンバルのか、顔でもイキませるのかと思ってあたしゃおかしかったんだが――」
「ネ? ところがガンバルって言葉は外国にはない。強いていうならドゥ・ユア・ベストとでもいうことになろうが、そんなこと、まあ、いわないね」
「普通グッド・ラックでしょうな」
「そう、グッド・ラックなのよね。ところが日本じゃガンバレ一点張りだ。これはなぜか?」
「なぜなんです?」
「ここから荒木先生の天才的分析が始まるわけなんだが、要するに、日本人は集団的人間であるト。集団の中の村人として自我を殺しに殺してムラの掟に従っているト。そういう他律的な性格を持っておるのだト、ネ? ところがこの、貧しく押しひしがれた、集団の中の個がだね、突如集団から切り離されてだな、たとえばオリンピックのマラソンならマラソンに出るということになる。当然、一個の独立した、自律的な個として行動することを要求されるわけだ」
「ハハァ――」
「しかし、彼自身の自我というものは、常日頃集団の中で殺され続けて、今や全く小さく惨めに萎んじゃってるというわけだな。この萎んじゃった小さな自我を本来自我がそうあるべき大きさにまで膨らませる作業がガンバルということなんじゃあるまいかト、そう荒木先生は解かれるわけよ」
「なるほど――」
(中略)
「私は昔外国映画に出て一つびっくりしたことがある。たとえば私なら私がね、その映画で初めて仕事するって時はね、みんながやってきて激励してくれるんだな」
「ホウ――」
「ピーター・オトゥール、ジェイムズ・メイスン、クルト・ユンゲルス――そういう連中がみんなやってきちゃ握手をしてくれてね、グッド・ラック! というわけよ。グッド・ラックね。みんなプロの役者だ。素質があって当然。その素質に磨きをかけるため、あらゆる努力をしてて当然。人事を尽して天命を待つ。人間の努力に対して天がいかなる評価を下すかは人知の与り知るところではない、われわれにできることは、おのが能力を最大限に出し尽すことだけだ、それがプロというもんだ、あなたがプロである以上、あとはラックだ、というわけだな。それがグッド・ラックだ。彼らは私を一人前の人間として扱ってくれたことになる」
「週刊文春」連載「日本世間噺大系 グッド・ラック」(1973年8月13日号)より
さて、世界的な名優たちに"グッド・ラック!"と送り出された若かりし頃の伊丹さん、その結果はいかに――
エッセイ「グッド・ラック」は『ぼくの伯父さん』(つるとはな/2017)『伊丹十三選集 第三巻』(岩波書店/2019)に収録されていますので、結末も含め、ぜひ全文をお楽しみください。
今週あたりは、大きな荷物を抱えて、明らかに旅行者とは異なる面持ちをした若者たちを駅前で多く見かけることでしょう。これも3月の風物詩。
進学でしょうか、就職でしょうか、地元に戻って勤めるのか未知の土地へ行くのか――どことなく緊張した雰囲気をまとって、高速バスや列車や船で若者たちが愛媛を旅立っていきます。
彼らにも「グッド・ラック!」、ですね。
学芸員:中野