記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2024.10.21 『フランス料理を私と』

2024年も残すところあと2か月と2週間となりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

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10月も中頃になっているのに最高気温が30度に近く、いまだに夏の終わりのような感覚で、本当に冬になるのかしら...と心配になってしまう今日この頃ですが、記念館では中庭の桂がだいぶ色付いてまいりました。中庭にほんのりキャラメルのような甘い香りが漂っていて、気温は高いですが秋を感じられる毎日です。

 

皆さまは秋といえば何を思い浮かべられるでしょうか。芸術の秋、スポーツの秋、読書の秋、実りの秋、食欲の秋――。

色々な"○○の秋"がございますが、本日は、食欲の秋にぴったりな『フランス料理を私と』をご紹介させていただきます。

 

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『フランス料理を私と』は文藝春秋社から1987年に刊行された書籍で、雑誌「文藝春秋」での連載「伊丹十三のフランス料理+α」がまとめられています。

全12編で構成されておりまして、文化人類学、精神分析、言語学などの様々なジャンルの研究者・専門家たちのお宅を訪問し、台所を借りて本格的なフランス料理の指導を受けながら調理をし、出来立ての料理を食べながら対談をするという内容です。

本格的なフランス料理を作り、対談を行い、自ら書き起こして原稿執筆をするという、伊丹さんだからこそ出来た挑戦的な内容となっております。

 

なお、この本をクックブックとして使用するというような、一部の無謀な読者のために、御覧のように料理の写真を多用することになってしまった。それも、文章は文章、カラー写真はカラー写真などといういい加減なことはいやなので、料理の解説とその説明のための写真をできるだけ一致させることを原則にして本を作ったため、全ページカラーというこの種の書物としては馬鹿馬鹿しい構えにならざるをえず、従って、活字と写真分離方式より若干値段が高くなっているが、これはやむをえないことである、御賢察いただかねばならぬ。

(『フランス料理を私と』より「フランス料理 玉村豊男」編から一部抜粋)

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書籍の最初で上のように伊丹さんが宣言しているとおり、調理についての詳細な手順がカラー写真を多用して紹介されております。こちらのページでは、エクルヴィスという養殖のアメリカ・ザリガニの背ワタの取り方、殻の取り方の手順を詳しく紹介しております。全編にわたって、料理パートではこのように詳しくカラー写真で説明がなされており、大変見ごたえのある内容となっております。

 

カラー写真を多用した調理パートも面白いのですが、対談の内容も大変面白いのです。(対談パートに載っている写真は、完成した料理のカラー写真と、対談の様子のモノクロ写真です。)

精神分析理論家の岸田秀さんとは育児論について、心理学専攻の佐々木孝次さんとは日本人論について、動物学専攻の日高敏隆さんとは進化論についてなど、食と人類をテーマに対談しています。生活をする中で当たり前の営みである食を発端に専門的な分野から人類について考察していくので、難しそうな内容でもすんなりと読むことが出来ます。

 

さて、本日ご紹介させていただきました『フランス料理を私と』ですが、こちらは現在記念館で開催しております企画展『伊丹十三の「食べたり、呑んだり、作ったり。」』にて、書籍の見開きページと直筆原稿をご覧いただけます。

展示しておりますのは、エッセイスト・画家として知られる玉村豊男さんとの対談部分です。直筆原稿は、書籍に掲載されております対談の後半部分、全10枚がご覧いただけます。伊丹さん流のダイエットの「型」について話を進めますが、そのダイエットの取り組み方から母親・父親との関係や他者との関わり方について考察が深まっていく様子を直筆原稿にてご確認いただけますので、ご来館の際にはぜひご一読ください。

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また、企画展示室にて、『フランス料理を私と』に載っている伊丹さんの写真をスライドショーでご覧いただけるコーナーもございますので、お見逃しなく!

 

 

s-IMG_6671.jpg企画展示室にてご覧いただけますスライドショー「フランス料理に挑戦!」

調理している様子や、使用する食材と一緒に映る伊丹さんがご覧いただけます。

 

 

食欲の秋にふさわしい『フランス料理を私と』、いかがでしたでしょうか。残念ながら現在は絶版となっておりますので新品を購入いただくことは出来ないのですが、企画展『伊丹十三の「食べたり、呑んだり、作ったり。」』にて十分に魅力を感じていただけることと思いますので、ぜひご来館いただきましてお楽しみいただけますと幸いです

 

学芸員:橘

2024.10.14 「アート」の秋

涼しくなって、夕暮れどきに記念館の周辺をランニングする方々をお見かけするようになりました。「スポーツの秋」到来ですね。
「芸術の秋」も到来、ということで、展覧会や音楽会へのお出かけを計画している方も多くいらっしゃることでしょう。

「最近の美術は難しくて見方が分からない」「見てもどう言っていいか分からない」と敬遠している方も少なくないことと思いますが、そんな方にこそ知っていただきたい言葉があるので、本日は伊丹十三の訳書『パパ・ユーア クレイジー』から一節をご紹介いたします。

5冊ある伊丹十三の訳書のひとつ『パパ・ユーア クレイジー』は10歳のピート君とお父さんとの日々を描いたお話で、作者はアメリカの小説家・劇作家のウイリアム・サローヤン。1957年の作品です。(伊丹十三の著書・訳書についてはこちらの年譜でどうぞ)

物語の冒頭、作家であるお父さんはいわゆる"ダメ親父"の部類に入る人物であるらしく、主人公のピート君、ピート君の妹はお母さんのもとで暮らしています。食べ盛りの息子のために食費がかかってしょうがないとお母さんが愚痴りまくったことから、ピート君はお父さんの家で過ごすことになり......

20241013_PapaYouAreCrazy.jpg1979年発行のワーク・ショップガルダ版。
このほかブロンズ新社版、新潮文庫版が発行されました。
(いずれも絶版です。ご了承ください。)

甲斐性はないけど機知と示唆に富んだお父さんの言葉と生活、それに反応するピート君の瑞々しい思索がこの作品の核なのですが、中でもお父さんによる「アート」の定義がすばらしいのです。

ある日、二人はカリフォルニアのマリブ海岸のそばにあるお父さんの家からサンフランシスコ近郊のハーフ・ムーン・ベイまで片道400マイルのドライブ旅行を決行。
教会を訪れ、海辺でアザラシを眺め、なけなしのお金でホット・ドッグを食べ、遊園地で少し遊んで、レジオン・ドヌール館(=カリフォルニア・リージョン・オブ・オナー美術館)へ。
ヨーロッパの美術や工芸品、生活用品まで眺め尽くしたあと、ピート君とお父さんは「アート」についてこんなふうに語り合います。

 僕らは外へ出て芝生の上に立ち、太陽が沈んでゆくのを眺めた。僕の父が言った。「もしアートがなかったとしたら、われわれはとっくの昔に地球の表面から消滅していたろうね」
 アートって、本当は何なんだろう。そして、人間って本当は何なんだろう、そして、世界って本当は何なんだろう。僕には全然判らない。
 海の中へ太陽が沈んでゆくのを、眺めながら、僕の父がいった。
「どの家庭にもアート用のテーブルがあって、その上にはいろんな物が一つ一つ置かれていて、その家の人たちは、その物を非常に注意深く観察したり、その物に出会ったりすることができる――そんなふうにあるべきだと思うね」
「あなたならそういうテーブルにどんな物を置くの?」
「一枚の葉、一つの貨幣、一箇のボタン、一箇の石、引き裂かれた新聞紙の小さな断片、一箇の林檎、一箇の卵、一つのすべすべした丸い小石、一輪の花、一匹の死んだ昆虫、靴の片一方」
「誰だってそういう物は見たことがあるよ」
「それは見たことはあるだろう。しかし誰も見つめた人はいない。アートとはそれなのさ。ありふれた物を、それらが今まで一度も見られたことがなかったかのごとく見つめるということなのさ(後略)」

 

『パパ・ユーア クレイジー』W.サローヤン著、伊丹十三訳(1979)

――いかがでしょう。
「目の前のものを見つめつくそうとする行為自体がアート」と言われると、「なるほど」とも思いますし、なんだかちょっと勇気が出るような気もします。

せっかくよい季節になりましたので、お出かけする日もしない日も、こんなふうに「アート」を取り入れて、心ハツラツとお過ごしくださいね。

もちろん、伊丹十三記念館へのご来館も、スタッフ一同お待ちしております。

学芸員:中野

2024.10.07 食器の買い方

記念館便りをご覧のみなさまこんにちは。松山はこの1週間ほどで随分涼しくなって参りました。

さて、引き続き大好評の企画展 "伊丹十三の「食べたり、呑んだり、作ったり。」展"では、伊丹さんが実際に愛用していた台所道具や食器等の数々を展示しています。伊丹さんが選んだものですから、ひとつひとつがどれもこれも大変魅力的なので、展示室を通るたびに新しい台所道具や食器が欲しくなってしまっております。


しかしながら食器も台所道具もこの「欲しい!」という気持ちのまま増やしていくと、のちに大変なことになってしまいます。


先日、SNSでモノを増やしすぎないために「食器は旅先で買う」というルールを設けているという方がいらっしゃいました。買うタイミングを限定すれば増えすぎることもない上に、使うたびに旅の思い出に浸ることもでき、大変良いアイデアだなと感じました。


当館の中野学芸員が8月19日の記念館便りにおいて、旅先でお皿を「衝動買い」したエピソードを書いておりました。まさしくこんな感じが理想です。


8月19日記念館だよリ「皿熱は突然に......


伊丹十三記念館にも伊丹家と家族ぐるみでつきあいのあった陶芸家岡本ゆうさんの素敵な食器の数々を販売しております。よろしければ松山への旅行の記念に売り場を是非チェックしてみてください。岡本さんは伊丹さんのことを「おじちゃん」と呼ぶ親しい間柄だったということで、伊丹十三記念館のお土産としてもぴったりかと思います。陶器については前回9月30日の山岡スタッフの記念館便りもあわせてご覧ください。


9月30日記念館便り「ショップの陶器売り場


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スタッフ:川又