こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2026.03.09 伊丹映画とビデオ
4月に開催する収蔵庫ツアー、たくさんのご応募をいただきました。
定員16人の抽選イベントにエントリーしてくださった県内外の33組50名様、まことにありがとうございます。
抽選結果のお知らせを準備しておりますので、お届けまで今しばらくお待ちくださいませ。
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このところ、30年ほど前の新聞・雑誌と格闘しています。
「伊丹映画のビデオソフトの広告」調査です。
左手前の箱:『ミンボーの女』ビデオリリース時の掲載誌
右奥の箱:メイキング『ミンボーなんて怖くない』ビデオリリース時の掲載誌
レンタルビデオの隆盛をリアルタイムで経験した世代ではありますが、今こうしてリリース当時の宣伝ぶりを"一望"してみると、ただもう「イヤハヤ」というのが感想で、それから先がなかなか出てきません。
「レンタルリリースの宣伝で新聞の5段広告!」
「同じ5段広告に見えてキャッチコピー3種類!」
「関東全域の生活情報紙に一斉掲載!」
「表4、表3、目次対向、表2片観音カラー広告!」
――いかがでしょうか、イヤハヤ。
伊丹映画に限らず、映画のビデオソフトというものが社会でどういう存在だったかを感じることも、多々あります。
たとえば、情報誌をめくっておりますと、劇場公開作品の紹介より新作ビデオの紹介に力を入れているものがあったりします。その分、レンタルビデオをめぐって動く人の数もお金も多かった、ということなのでしょう。
楽しみと喜び、消費活動、ビジネス――人々のさまざまな情熱の中心にレンタルビデオが君臨した時代だったんだなあ、と。私もお世話になったものでした。
それやこれやで思い出されるのは、第11回日本アカデミー賞授賞式での伊丹十三のスピーチ。
「今、ビデオのために映画が危機的状況にあるとアメリカでは言われていますが、私はむしろ映画の可能性がビデオによって広がると考えています」という内容のコメントでした。
脚本監督作品(『マルサの女』)が最高賞の最優秀作品賞を獲得した瞬間に、自作に関することをさておいて、映画界と映画そのものについて語る、しかも、新しいメディアを"仲間"として歓迎する姿勢で。伊丹さん、心からワクワクしてる表情だったな。
そうコメントしただけあって、伊丹映画では、ビデオソフトの制作にも大変な力が注がれていました。
劇場公開時に作り上げた「マスター・ネガ」を保管しておいて、ビデオ化の時には新たに映像を取り出して調整し、「マスター・テープ」を作っていたのだそうです。なぜかというと、「ビデオの画質×ご家庭の視聴環境においても作り手の意図になるべく近い映像で観てほしい」から。
テレビ画面で損なわれてしまう色調や明るさをフォローして、映画らしく感じられるメリハリをワンカットごとにつける作業が行われたというのですから、とてつもない手間がかけられていたわけです。
が、そうして作られたビデオの映像を最終的に映し出すのが「全く調整状態のばらばらな家庭用の受像器(ブラウン管テレビ)」であることも伊丹監督は憂えていたようで――
「各家庭を一軒一軒調整して廻りたいくらい」(月刊ビデオ・インサイダー・ジャパン1996年11月号)とまで語っている記事を今回の調査で発見しました。
レンタルビデオ店向けの新作情報誌。
巻末には注文用のFAXシートも。
同様の雑誌がいくつも発行されていたんですね、知らなかった!
「伊丹さんが全国のご家庭を訪問してテレビの設定......あり得ないことじゃない気がする」というのでしょうか、その様をありありと思い浮かべることができるのは、私だけではないと思います。
久しぶりにVHSで映画を"味わい"たくなってきました。何か1本、引っ張り出してみましょうかね。
学芸員 : 中野

