記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2025.10.13 第17回伊丹十三賞 贈呈式を開催いたしました [1]

去る10月7日(火)、第17回伊丹十三賞を山田五郎さんにお贈りする贈呈式を国際文化会館で開催いたしました。

 

台風が近づいており、お天気に不安があったのですが、開催時間になるころには晴れ間も見え、心地よい秋の陽気の中での贈呈式となりました。

贈呈式につきましては、今週、来週と2回の記念館便りに分けてレポートいたします。

 

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第17回伊丹十三賞をご受賞くださった、編集者・評論家としてご活躍中の山田五郎さんのプロフィールや賞の概要はこちらをご覧ください。

 

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贈呈式は、進行役を務める玉置泰館長代行の挨拶に始まり、この度の受賞者・山田さんと授賞理由が紹介されました。

 

授賞理由は「美術を対話的に掘り下げるインターネット番組「山田五郎 オトナの教養講座」の斬新さ、おもしろさに対して」です。

 

続いて選考委員の3名と宮本信子館長の紹介があり、選考委員の南伸坊さんから祝辞が贈られました。

 

祝辞 選考委員・南伸坊さん

 

山田五郎さん、伊丹十三賞受賞おめでとうございます。

そして受賞ありがとうございます。

 

私は美術番組が好きでテレビでやっていますと大概見てしまいます。見て、大概がっかりします。(場内笑)

最近はYouTubeでも美術番組が増えましたが、テレビとあんまり変わりがない。というより、テレビの美術番組よりもさらにがっかりさせられるようなものばっかりです。

つまり、見ていて発見がない。

作っている側に発見が無いので、見ている方は何でもないまんまです。

 

私は、人間は発見が嬉しいように脳がプログラムされていると考えています。

誰かが言うことに発見があると、それに触発されて、聞いている側にも発見が生まれてくる。つまり、影響されて見ている側にも発見が生まれるのです。

こういう時に人間は面白い。私も人間ですから(場内笑)、山田さんのYouTubeの美術番組にはこの発見があるのです。

 

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「セザンヌは絵が下手だったと考えると色々に腑に落ちることがある」こんなことを言うんですよ。

 

あの、セザンヌ。今までどんな美術番組や美術評を見ても、セザンヌが下手だったなんで聞いたことがない。私の経験では、大橋巨泉さんが放言したくらいしか知りません。

しかし私にもセザンヌがどうしてこんなに尊敬されているんだろうという疑問がありました。どうしてピカソはセザンヌをあんなに持ち上げたんだろうという疑問がある。ピカソがアンリ・ルソーをほめるのはすごく分かる。ものすごく分かります。

それが、「セザンヌが絵が下手だった」といわれて、あっ!と思った。えー!と思いました。

そこに、「この絵見てくださいよ」と言ってセザンヌの学生時代の絵をフリップで出す。お父さんに画家志望の進路を反対されて、自分がいかに絵がうまいか、才能があるかをアピールするために描いて送った絵です。

 

下手なんです。(場内笑)

典型的な素人の絵です。

そうか、セザンヌはピカソにとってルソーとおんなじなんだな。これは面白い発見でした。

 

セザンヌの絵が下手なのは一目でわかった。

じゃあ、なぜそのセザンヌを尊敬したのか。なぜセザンヌをほめる。

 

セザンヌといえば必ず出てくるのが"多視点"という言葉です。色んな方向から見たところを同一平面に平気で描いてしまう。例えば水差しの口は上から見ているのに、水差しの底が水平から見たように描いてしまう。

これが、絵が下手に見えてしまう典型的な素人の絵の特徴です。

 

プロの画家は視点を動かしません。一点から見る。いつも同じ一点から見るようにしていると、上手な絵が描けます。

上手な絵って何か。それは写真で写したような絵なんです。セザンヌはそのコツがなかなかつかめなかった。一生つかめなかったのかもしれません。で、開き直った。"多視点"から見るっていうのは、下手を開き直ったところで、それを自分の芸風にしたということです。

そのように肝を据えてしまうと、どういうことが起きたか。

自信を持てるようになる。自身を持って描いた絵は魅力的だ、というのは皆さんもお分かりだと思います。

セザンヌの理屈は頑固なだけじゃない。人間はいつも、だってそうやって見てるじゃないか。一点からだけ、片目で何かを見るなんてことはしていない。人間はいつだって"多視点"で見ているわけです。

 

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セザンヌは頑固で不器用であったから、普通の器用な画家たちのようにプロのコツを呑み込めないまま下手を温存することになったのですが、その代わり、どんどん自信を持って理屈を言うようになり、すっかり堂々たる絵によって堂々たる画家になった。

 

ピカソは一点から見るコツを身に着けなかったセザンヌにヒントを得て、キュビスムという手を思いついた。

 

キュビスムっていうのは色んなところから見たところを平面に展開してしまう、掟破りの絵です。

しかし、掟とはなんでしょうか。その大もとは写真のイメージです。

西洋の絵はこの写真のイメージに何百年もの間とらえられてきたのでした。

印象派から始まって、イタリア派、未来派だと、絵画の革命競争になったのは、この写真の呪縛から逃れる足掻きだったんです。というようなことを暴論的部分まで山田さんがおっしゃったわけではありませんが、山田さんの発見がこのように私に影響を与えてくださったということを私は言いたくて、長々と理屈をのべました。

 

こんな美術番組は他にあるか。

私は山田さんの番組の他に、発見を促される番組はひとつしかありません。

伊丹十三さんの「アートレポート」という大昔の伝説的番組だけです。こんなに伊丹十三賞にふさわしい人は、今年は山田五郎さんしかいないじゃないか、と私はおもいました。

そして、私はそれを激しく主張しました。

だから私は、今日、すごく嬉しい。(場内笑)

山田さんが伊丹十三賞をもらってくれて、すごく嬉しいです。

ありがとうございます。(場内拍手)

 

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正賞(盾)贈呈 選考委員・酒井順子さん

 

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副賞(賞金)贈呈 宮本信子館長

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祝辞の中でもお話しくださったとおり、南さんは山田五郎さんを激押しされていたそうでとても嬉しそうに祝辞を述べられていたのが印象的でした。祝辞をじっと聞き入っている山田さんも嬉しそうにしておられ、会場は和やかな雰囲気に包まれていました。

 

来週の記念館便りでは、受賞者・山田五郎さんのスピーチをお届けいたします。

来週もお楽しみに!

 

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【※】の写真は、撮影:池田晶紀さん(株式会社ゆかい)、

撮影協力:株式会社ほぼ日のみなさんです。

 

学芸員:橘