記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2021.05.24 『お葬式』シーン16

5月15日は伊丹十三の誕生日にして開館記念日。おかげさまで14周年を迎えることができました。皆々様のご愛顧とお力添えに心よりお礼申しあげます。

開館記念日というと、初夏らしい好天に恵まれることが多かったように記憶しているのに、どうしたことか、去年・今年と2年連続の雨......

しかも、今年は梅雨入りの日となりました。統計史上、最も早い梅雨入りだとか。

そんなお天気もあいまって今年も静かな開館記念日となりましたが、記念日でなくとも今年でなくても、スタッフ一同ずっとお待ちしております。
状況よろしきまたの機会に、ぜひぜひお越しくださいませ。(宮本館長からの14周年メッセージもどうぞ!)


さて、そういうわけで、雨に関連した話題をひとつ。
伊丹映画には印象的な雨の場面が数々ありますが、監督デビュー作の『お葬式』には"幻"となった雨のシーンが――というお話です。

映画の序盤、主人公の侘助・千鶴子夫妻が揃ってCM撮影に臨んでいる最中に、千鶴子の父・真吉の急逝を報せる電話が入ります。
千鶴子の両親の伊豆の住まいで葬儀を行うことに決めた後、撮影所から帰宅する道々の景色と夫婦の会話が「シーン16」として計画されていました。

本編で言うと、このシーンと

20210524_osoushiki1.png「おいおい、冗談じゃないよ。うちで葬式なんてたまんないぜ」
「三河で親戚の世話になって、気兼ねしながらやるのはいやなのよ、ばあちゃん。
それに、じいちゃんも伊豆が好きだったしね。ね、頼むわよ――」

このシーンの間にあたるところで、

20210524_osoushiki2.png雷雨の中、帰宅

20210524_osoushiki3.png侘助と千鶴子の家。
祖父の死を子供たちに伝える侘助の様子を
支度しながら鏡越しに見守る千鶴子

シナリオには、このように書かれています。


激しい雨。侘助のポルシェと里見のシティが、雨の田園風景の中をひた走る。
次第に市街地へ。
信号で止まる。側溝に溢れる水。傘の群れ。
雨に光る舗道。雨の中の子供たち。
侘助「子供たちはどうするかね」
千鶴子「連れていくしかないでしょ?」
侘助「連中もついに死んだ人を見るわけか」
千鶴子「見せないほうがいいかしら――私は見たことないわよ。だから恐くって。私、死んだ人見るの初めてなんですもの」
侘助「俺は親父が早く死んだからね、そういう意味じゃ、馴れてる」
車、人通りの多い商店街にさしかかっている。
灯ともし頃の商店街は買い物客で賑わい、妙に生き生きと懐かしい。
侘助のポルシェ、人の傘をかきわけるようにしてのろのろと進む。
侘助「子供たち、連れて行こう。死んだ人っていうのも一つの現実だからね、現実を現実として向かいあって悪いわけはない」
千鶴子「あなた、子供たちにちゃんと説明しなきゃ駄目よ」
車、閑静な住宅街に入ってゆく。

親を亡くした夫婦もまた親であり、突然の出来事に親としてどう振る舞うべきか悩む......二人の立場が初めて表されるはずだったこのシーン16は、撮影はされたものの、編集過程で惜しくも削られたのだそうです。


シナリオ段階で2時間を大きく超えることが分かっていながら敢えて書いたとおりに撮影し、つないでみてから刈り込んでいく、というやり方で作られているため、これ以外にも使われなかったシーンやカットはいろいろあったようでして......


ハイ、「撮ったのに使われなかったシーンが!?」「そんなの残念すぎる!!」と思ったそこのアナタに朗報。

20210524_ekontenote.jpg

記念館オリジナル&限定販売の『映画「お葬式」シナリオつき絵コンテノート』(税込770円)には、そんな"幻"のシーンももれなく収録。ノーカットのシナリオと、全シーンにわたって準備されたという絵コンテを併せてお楽しみいただけます。

お家の中で雨音を聴きながら雨のシーンを"読む"、なかなかの風情と想像されます。
よろしければどうぞお試しくださいませ。

学芸員:中野