こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2020.03.02 音の映画
たしか、スキー場のリフトに父と並んで乗っていたときのことでした。
突然、父がおどけた調子で「カラマツザワ~」と言ったのです。何ごとかと尋ねましたら「昔見た映画をフと思い出してサ」とのこと。
なんでも、落葉松沢(からまつざわ)という信州の山の中の小さな駅が舞台の映画で、その駅はちょうどこんな景色のところにあり、主演の森繁久彌さんが駅長役。汽車が来るたびに駅長が「カラマツザワ~カラマツザワ~」と言うのをタヌキが覚えて、そっくりに真似するシーンがあるのだ、題名は『山鳩の駅』だったかなぁ、と。
父の「カラマツザワ~」があまりにも愉快だったので見てみたく思い、それ以来、"森繁さんが駅長役でタヌキに真似される『山鳩の駅』とかいうらしい映画"を探し求めてまいりました。
20年近くが経ちましたでしょうか、行き当たることができずあきらめかけていたのですが、つい最近、何気なーく開いた日本映画専門チャンネルの番組表に『山鳩』と発見。待てば甘露の何とやら、ですねぇ。
果たして、「森繁さんとタヌキの種を超えた交流を描いたハートウォーミング・コメディ」は私の相当に誤った思い込みだったことが発覚したうえ、タヌキ(ムジナ)の声真似は作中に一度しかなく父の記憶の妙に驚くことになりましたが、ほのぼのとやさしく美しく、しみじみとした味わいのよい映画を、父のおかげで見ることができました。(監督・丸山誠治さん、脚色・井手俊郎さん、1957年の東宝作品でした。)
そんな父の血を引いてか、私も映画のセリフが不意に口をついて出てきてしまうタチで、伊丹映画で例を挙げますと、そうですね......一番多いのは「クイナです」かな。
『静かな生活』(1995)で山崎努さんが演じた、パパのセリフです。
「障害をもって生まれ6歳まで言葉をしゃべらなかった息子が、実は鳥の声のレコードを聞き覚えていて、軽井沢の森の中で聞こえたクイナの鳴き声に反応して初めて発した言葉」として語られます。
川べりなんかを歩いているとき、緑の木々の間から鳥の声が聞こえてきただけで(鳥の種類によらず)このシーンが思い出され、山崎さんの声をなるべく真似て「クイナです」と言いたくなるのですね。
『静かな生活』には山崎さん以外にも素敵なお声を持つ方が多く出演していて、大江光さん作曲の澄んだ音楽とともに「音」が心に残ります。映画を見る楽しみに音というものがいかに深くかかわっているか、よく分かる作品です。
「毎月十三日の十三時は記念館で伊丹十三の映画を観よう!」、今月はそんな『静かな生活』をご紹介いたします。
3月13日(金)13時にご来館くださいましたら、常設展示室でご覧いただけます。
ぜひ耳を澄ませてお楽しみくださいませ。
学芸員:中野
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