記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2016.10.31 いい映画、いい言葉

突然ですが、伊丹エッセイから少々引用を。

子供のころ、お使いに出される時、必ず口上というものを憶えさせられたものだ。
「せんだっては大変結構なものを頂戴いたしましてありがとう存じました。これはつまらないものですがって、そういうのよ。いえる? いってごらん」
という工合であった。
「オバチャン。アノネエ。センダッテハネエ、アノネエ、タイヘンケッコウナモノヲネエ、チョウダイイタシマシテ、アリガトウゾンジマシタ。コレハツマラナイモノデスガッテサ」
「ああら坊や、偉いわねえ、ちゃぁんとお使いできるのねえ。じゃあね、帰っておかあさまにこういってちょうだい。いい? あのね、ええと、とっても結構なものを――」
というようなことであったと思う。

長ずるに及んで勤めに出る。鄭重をきわめねばならぬ、お得意様への電話、なんていうのが自由自在になるには、やはりある程度の期間、敬語の鬼と化するくらい丁寧な物言いに「凝る」ことが必要になってくる。
(中略)子供のころとは違って、もうだれも口移しで口上を教えてくれはしないのだ。

伊丹十三「書き込みのある第一ページ」『再び女たちよ!』より

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敬語に限らず、言葉を正しく自由に操れるようになるには、見様見真似が一番のトレーニング。仕事では、職場の先輩方や取引先の方が発する生の言葉を聞きかじっておいて、自分でも使ってみるうちに板についてくる、というのが一般的でしょうか。他社から届いたビジネス文書も非常に勉強になりますね。

もう一歩踏み込んで、先ほど引用した文のように「凝る」ためには、より多くの言葉の、できるだけ多くの用例にふれて、自分だけのコレクションを作っておくことが必要になってきます。自分が生きている場所・時代、勤めている分野以外の言葉も――実際には使うチャンスがなさそうなものでも――とにかくたくさんストックしておくのがいいんじゃないかな、と私は思っています。

小説はもちろんいい教科書ですが、敬語採集のかっこうのカタログとして、それ以上に私がお勧めしたいのが映画。
殊に、名作とされている映画は、必ず、よく練られたシナリオに基いて作られていますから、生きた言葉、極上の言葉が間違いなく詰まっています

古い古い映画で使われている、耳にしなくなって久しいような言葉でも、そのシーン、使われた展開を「いいな」と憶えておけたなら、あるとき(10数年後だったりしますけれど)ポロっと使えたりしますもんね。自分の経験では、紙に書きつけたり暗唱したりする必要はなくて、「いいな」と思っておくだけで結構記憶に残るものみたいです。

伊丹映画は、珍しい業種を取り上げることでいつも話題を集めましたが、それぞれの分野で一生懸命に働く人たちを描いた作品が多いので、「勤め人の言葉」という点でも興味深いセリフがたくさんあります。

毎月常設展示室で行っている「十三日十三時の伊丹映画」、11月の作品は『ミンボーの女』(1992年)。
一言で説明しますと"ある企業の奮闘を描いた、民事介入暴力対策マニュアルにして伊丹式ヤクザ映画"です。

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キリリとした女弁護士の緩急の効いた話術には何度も唸らされますし、名門ホテルを舞台とした映画ですから、接客しているときのホテルマンたちの言葉遣いは広く参考になると思います。

もちろん「伊丹式ヤクザ映画」というからには、怖い怖い言葉遣いの方々も多数登場していて、役者さんたちの迫力と魅力のおかげで強烈に印象に残るのですが(監督曰く「映画というものは悪役がよくてはじめて生き生きする」)......コレクションすることはあっても、使う機会のないことを祈ります――

11月13日(日)、13時からです。みなさまぜひお越しくださいませ!!

学芸員:中野