こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2014.08.11 「おじさん」願望
最近、初めて美容院で白髪を染めました。
「ああ、この先は、一生、白髪なのか」
「あきらめない限り、染める面倒に煩わされ続けないといけないのか」
「黒い髪が自然に生えてくることは二度とないのか」
美容師さんの薬剤の準備を待つ間、(自分で注文したくせに)いかにも白髪染めを受け入れたくなさそうな、わがムクレ顔を鏡の中に見て、なかなかにもの悲しい気持ちでした。
生まれたときから「人生列車」というものに乗っているとしたら、20代の半ばから、頼んでいないのに、切符のグレードアップもしていないのに、普通列車がひとりでに快速になり、急行になり、「おばさん国」の国境付近で突如特急になった、そんな気分です。
「えっ、何駅飛ばすのよ! 停めてよ!! 降ろしてよーーー!!!」
「お客様、一度乗ったら降りられない、人生列車とはそういうものです。はい、パスポート出してください」
おばさん国への入国スタンプを押されても、このように、まだダダをこねていたいワタクシですが、「おじさん」にはなってみたいのです。いやっ、「おじさんは白髪なんて気にしなくっていいじゃーん」なんて乱暴なことは考えておりません。
おおっぴらに、おしぼりで顔をぐいぐい拭きたい、ビールを飲んで「ゲフぅ~」って言いたい、つまようじで歯の隙間をホジホジしたい、好きな球団がボロ負けしたらフテ寝したい、っていうわけでもありません。
あのね、伊丹十三によれば、「おじさん」とは、そういうことではなくて、こういうことらしいのです。
僕は、おじさんというのはなんだか嬉しい存在だな、と思うんですね。ちょっと気が楽になるようなね、そんなイメージがあるわけです。
少年である僕がいるとする。僕は両親が押しつけてくる価値観や物の考え方に閉じこめられている。生まれた時から閉じこめられているから、閉じこめられているということも気づかずにおりますけれども、でもなんだか毎日がうっとおしい。
そんなところに、ある日ふらっとやってきて、両親の価値観に風穴をあけてくれる存在、それがおじさんなんですね。
おじさんと話したあとはなんだか世界が違ったふうに見えてくる、そういうのがおじさんである。
どうです? いいこと言うでしょ? おじさんになりたくなったでしょ?
この文章、かなりの伊丹十三マニアでも、お読みになったことがないと思います。なぜなら、雑誌『モノンクル』【mon oncle=ボクの・おじさんの意】の広告案内パンフレット(「今度こんな雑誌を作るので広告を載せませんか?」という営業用)に掲載された趣旨説明の文章で、伊丹十三の著書には収録されていないからです。
パンフレットの全ページを大きく引き伸ばしてパネルにし、
現在開催中の企画展で全文お読みいただけるようにいたしました。
遊び人でやや無責任な感じだけど、本を沢山読んでいて若い僕の心をわかろうとしてくれ、僕と親が喧嘩したら、必ず僕の側に立ってくれるだようような、そんな存在が、まあ、おじさんというイメージなんですが。
思えば、伊丹十三の夢というかライフワークというか、生涯の楽しみは「みんなのおじさんであること」だったような気がします。
そして、この境地にいたる前、伊丹さんが聞き書きエッセイや対談、テレビドキュメンタリーで出会った人々は、いろんな道のプロも、学者も思想家も、伊丹さんにとっての「おじさん」だったのにちがいありません。
いいなぁ、おじさん。ああ、どうにかして私もおじさんになれないものかなぁ。
と悩んでいる――そんな女が自分以外にもいると勝手に想定してスミマセン――そこのアナタ、伊丹十三の映画をぜひご覧になってください。
『マルサの女』の亮子、『ミンボーの女』のまひる、『スーパーの女』の花子......伊丹映画では、おばさんの姿をした「おじさん」が大活躍して、何かにがんじがらめになっている人の心に風穴をあけてくれます。すばらしいお手本。
伊丹十三の夢を妻の宮本信子が体現した、と言ったら美談にしすぎかな、っていう気もしますが、今週、宮本館長が出勤したら、「おじさんになる方法を教えてください!」と口走らないように気をつけたいと思います。
館にいる間、館長はロビーでお客様をお迎えしますので、みなさん、ぜひ会いにいらしてください。お待ちしております。
学芸員:中野
・・・・・・・・・・・・・・・<宮本館長の出勤予定>・・・・・・・・・・・・・・・
8月13日(水)13時~16時30分頃
8月14日(木)11時~16時30分頃
当日の状況により、滞在時間は変更になることがあります。
ご了承くださいませ。
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