記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2009.07.10 伊丹映画の雨

1ヶ月ほど前の松山は「断水カウントダウン」状態でした。工事のための断水以外は経験したことのない私にとって、日常的に断水が行われるという事態は想像を超えた部分が多く、頭の中に有事ランプが点灯、「11時にお水が止まるから、10時までにはご飯をすませて洗い物...ああ、洗濯もしなくちゃ...」とか「いざとなったらお水のたくさんある隣町に逃げよう」とかとシュミレーションしていました。
ある日の帰り道、スーパーで大々的にお水のタンクを売り出しているのを見て、「やっぱり、あった方が安心よね...」と20リットル・コック付きのものを購入。断水のための出費なんてしなくてすむ方がいいに決まってるんですが、「有事のために対策している私!」に若干興奮しながら帰宅すると、「明日から予定されていた時間断水は、そこそこ雨が降ったので中止」というニュースが...。
あれ以来、松山でもぼちぼち雨が降って、地下水位もダムの水位もだいぶ回復しました。よかったです、本当によかった!でも、雨の日に部屋の隅でホコリをかぶりはじめているポリタンクが目に入ると、有事を前に冷静でなかった自分を思い出して、何だか苦い気持ちになるのです。


ところで、雨といえば、伊丹映画には印象的な雨のシーンが多数あります。

例えば監督デビュー作の『お葬式』。
妻の父の訃報を受け、豪雨の晩、車を飛ばして病院に向かうシーンがあります。走っている車同士でサンドイッチを受け渡しする、あのシーンですね。
あのシーンは、人工の雨と、スタジオの中に停めてある車を使って撮っているんです。それなのに、あんなに疾走感があるのはなぜでしょう?ポイントは雨の降らせ方にあるのです。

普通に上から雨を降らせてみても、車が走っている感じが出ず、悩んだ結果...

やむなく思いつきで、雨を下から降らせてみたところ、カメラがやや俯瞰気味であったこともあって、車の正面から吹きつけると、画面の中の車は俄然フルスピードで走り出したかの如く見え始め、一同歓声を上げる」(『「お葬式」日記』より)

そして翌日のラッシュでは

サイレントのラッシュであるにもかかわらず車がぐいぐいと走り、スタッフから思わず感嘆のどよめきが洩れる。(中略)この上はカーチェイス全体をセットで押し切ってしまおうと、興奮して話しあう」(同じく『「お葬式」日記』より)

それから、『マルサの女』にも。
ゴミ収集車を追跡して、ゴミの山から脱税の証拠になる書類を掘り出すシーンは、実際のゴミ処分場でのロケ(きっと壮絶な臭いだったでしょうねぇ)でした。
スタッフが人工の大雨を降らせて、ライティングにも苦心して(逆光でないと雨の粒は写らないのです)、演じる俳優はズブ濡れになりながら本当のゴミにまみれて、どうにか撮影を終了。監督も

きつい撮影だったが、撮影というのはどんなにきつくても基本的に遊びである。今日は一日楽しく遊んだ」(『「マルサの女」日記』より)

と書いていますが、なんと、現像してみるとフィルムに傷が入っていてNGに...。後日、撮影所の一角に集めてきたゴミを積んで撮り直した、なんていうお話も1月の上映会で宮本さんから飛び出しました。


映画の世界は作り物の世界だと、伊丹監督は語っています。モノにせよ、ヒトにせよ、本bee.JPG当のことのように「作って」画面の中に存在させなくてはなりません。
雨、雪、風...自然現象の場合も「作る」のは大変です。現実に起こる自然現象に対する観察眼と、画面の中に「らしく」表現する創造力が問われます。


現実の世界でも映画の中でも、「ふつう」の雨がただの雨に見えない今日この頃です。

 

学芸員:中野 

*写真は、少雨にもメゲずに花を咲かせたド根性ミント+ハチ。

*「ほぼ日」で、伊丹プロ社長・当館館長代行玉置のお話連載中です。