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こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2025.02.17 料理と後片付け
今年最強といわれる寒波が過ぎ去り、ふと春の匂いを感じるような日も出てきた今日この頃ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
先週は少し暖かくなっておりましたが、今週は全国的にも冷え込むとの予報です。体調を崩されないようお体を大事にお過ごしください。
記念館では、ロウバイやユキヤナギに花がつきはじめました。少しずつ近づく春を楽しめたらな、と思う毎日です。
【ロウバイ】
【ユキヤナギ】
さて、わたくしごとではございますが、昨年11月ごろから二人暮らしを始めました。生活は滞りなく営めているのですが、ここ数か月の大きな悩みは食事、そして後片付けについてです。
自分一人だと「今日は疲れたしコンビニ弁当にしよう。洗い物も出ないし」のような適当さでも生きていけますが、いかんせん人と暮らすとなると、同居人との食事についてきちんと考えなければなりません。栄養バランスの取れた献立、品数も少なすぎると食卓が味気ないので一汁三菜くらいは頑張りたい、でも夜遅くになると揚げ物などの重たい料理は胃にも悪いし太るし――と日々頭を悩ませています。
もちろん、同居人も食事を用意してくれる日があったり、外食やお惣菜で済ませる日もありますので必ずしも毎日料理を作るというわけではありません。ですが、やはり食べるというのは毎日のことですので、帰宅途中は食事のことで頭の中がいっぱいになる日がほとんどです。
そして、帰宅してなんとか3品作って食べるころにはシンクに大量の洗い物が。フライパン2つに鍋1つ、おたまに包丁、まな板、菜箸、ボール、大さじ小さじのスプーン。これに2人分の食べ終わったお皿たちが足されると、文字通り洗い物が山のようになってしまうのです。
私は家事の中では洗い物が特に苦手でして、食事のこととなると食器などの後片付けまで考えなくてはならないので、日々悩みが尽きないです。
このように毎度大荒れになる台所で料理を作りながら「ああ、伊丹さんはこういう惨状を見て、あのエッセイを書いたのだな」と思い起こされるのが、「料理人は片づけながら仕事をする」です。
私が料理を始めた動機というのは、ごく愚劣なものなのです。まあお聞き下さい。
二年ばかり前、私ども夫婦は半年ばかりロンドンで暮した。ハムステッドにフラットを借りて自炊して暮した。ここの家主というのがフランス料理の大家で、自分の作った料理をひとに食べさせるのがなによりも好きという独り者のうえに、うちの奥さんがそれに輪をかけた料理気違いです。
それゆえ、私が居間でもってソファーにふんぞりかえって子母澤寛氏の「味覚極楽」なんぞを繙いていると(中略)このドメスティックな二人組は台所で盛んにラルースの「フランス料理大全」なんかをひっくりかえしたり、なにやら討議したり、一人が用ありげに台所から出てきたり、また別の一人がしばらく買い物に出かけたり、そうこうしているうちに、なにやら刻む音、なにやら煮立つ音とともに、予測のつかぬ香ばしい匂いなども漂いはじめ、台所の中の動きがただならぬ具合いにあわただしくなったと思うと、ファンファーレの音高く(もちろん、これは料理人の心の中で鳴り渡っているのだが)本日のスペシャル・メニュー! がしずしずと現われる、という仕掛けの毎日を私は送っていたのです。
(中略)
このような結構な毎日ではあったが、私には気に食わぬことが一つあった。すなわち、彼らが料理した後の台所は散らかり放題に散らかって、足の踏み場もないのである。
あらゆる鍋、皿、ボウル、スプーン、包丁、布巾、調味料、野菜の切れ端、使い残しの肉、卵の殻、そういうものどもが、死屍累々という塩梅で台所のあらゆる空間をおおいつくすのであって、どうもこれは気に食わない。仕方がないから、そうだ!身をもって範を垂れよう。本当の料理人は常に片づけながら仕事をする、ということを見せてやろう。
こうして私は生まれて初めて包丁を持ったのであります。忘れもしない、私はまずカレー・ライスを作ったね。料理の本を読むと、いやあ、便利なものですな、これは。「まず玉葱を紙のように薄く切り、これを大量のバターを使ってとろ火で炒める。狐色に色づいた時玉葱を引きあげ、紙の上に並べて油を切る。二、三分もすると玉葱はパリパリになりますから、これをスプーンの底ですりつぶして粉にする。この玉葱の粉がカレー粉の色と香りの基調になるのでございます」なんぞということが書いてある。なるほどやってみると、その通りになっていく。鶏のぶつ切りを炒め、じゃがいも、人参を炒め、チリー・パウダー、塩を少少、カレー粉を次次に加え、同時に鶏のスープを仕込み、炒めたものにスープを加え、玉葱の粉を一緒に煮込んでいく。いやはや、面白いのなんの。トマトを布巾で絞る、これが酸味。マンゴ・チャトニの瓶詰のドロドロの部分で甘味をつけ、最後にライムを一絞りしぼって味を引きしめる、なんて、まあただで教わるのが勿体ないようなことがすっかり書いてあって、その通りやるとその通りのものができる。これは驚きましたねえ。
傍ら私はどんどん物を片づけましたよ。それが目的なんだからね。要するに、片っ端から常に片づければそれでいいのさ。汚れ物というものは加速度的に増えるから、一旦溜り始めるともういけない。追いつけなくなってしまう。
ま、そういうわけで、私の料理の第一日目には今まで食べた最良のチキン・カレーとピカピカに磨き上った台所が同時にできあがったわけで、目出度き事限りなし。そうして物事は初めが大事だ。初めに身についた習性というものは、なかなか抜けるもんではないのでして、今でも女房は台所が汚れてくると私の料理を所望するのです。
(『女たちよ!』より「料理人は片づけながら仕事をする」)
自らも台所に立ち、家族や来客に料理を振舞っていた伊丹さん、なおかつ同時に片付けもしていたとは!とエッセイを初めて読んだ時は驚きました。
レシピに忠実に従いながら料理を作り、片付けも同時進行で行う。簡単なようで意外と難しいと実際に生活をしていてひしひしと感じます。
このエッセイを思い出すたびに、気持ちを新たにして料理と後片付けの同時進行に挑戦しておりますが、毎度あまり上手くはいきません。伊丹さんの言うとおり、「初めに身についた習性というものは、なかなか抜けるもんではない」のですね。精進をしていきたいと思います。
さて、今週21日(金)からは、ついにTOHOシネマズ日比谷、TOHOシネマズ梅田にて『日本映画専門チャンネルpresents 伊丹十三4K映画祭』が開催されます。22日(土)にはTOHOシネマズ日比谷にて宮本信子館長の登壇イベントもございますので、ぜひぜひチェックしてください!
学芸員:橘