こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2023.09.04 新しい理髪師
残暑とは名ばかりの大変暑い日が続いておりますが皆さまはいかがお過ごしでしょうか。
記念館では夏休みの間、お子様連れのご家族や、久しぶりに松山に帰省された親戚同士、ご旅行でのグループなど、たくさんの方がご来館くださり、皆さまが新しい企画展示を楽しんでくださいました。
さて、記念館にはオリジナルグッズを販売しているショップがございます。新しい企画展示が始まりまして、「最近、なんだかこれが売れるな...」と思いましたのが、ゴム印です。中でも、"新しい理髪師"のゴム印を特に見るようになりました。
"新しい理髪師"とは、書籍『女たちよ!』の中にある「鬚を剃った魚の話」の挿絵で、猫が剃刀をといでいるところを描いたものです。
新しい理髪師のゴム印
人気のあるエッセイですが、何故最近お客様がよくお買い上げくださるのだろうかと不思議に思っておりましたところ、とあるお客様が「展示室の中で見て気に入ったんです」とお話しくださいました。
たしかに、こちらの挿絵は企画展示室で原画をご覧いただくことができます。壁面のプリントには白いエプロンをして椅子に座っている魚がプリントされています。もともとユニークな絵を描く伊丹さんですが、その中でも特に皆さまの目に止まり、気に入っていただけるようです。
「鬚を剃った魚の話」挿絵原画
壁面プリントの白いエプロンをした魚
イラストを気に入っていただけた方にはぜひ、エッセイも読んでいただきたい!
ということで、「鬚を剃った魚の話」から、こちらの挿絵について書かれている箇所をご紹介させていただきます。
ある時、彼がごく不思議そうな顔で、これはなんだという。見ると手に「削り節」の箱を持っている。
つまりそれは固く干しかためたマッカレルを機械で削ったものさ、と説明すると彼はいきなり気が狂ったように笑い出した。
「だって、この箱には鬚を剃った魚と書いてあるぜ」
そういってますます笑い転げるのである。私も仕方なく少し笑ったが、つまりこういうことなのだ。
英語で、鉋の削り屑を「シェイヴィング」という。鉋で削ることを「シェイヴ」という。それ故に――と鰹節屋の大学生の息子は考えたに違いないのだ――削られた魚は「シェイヴド・フィッシュ」であるに違いない、と。
語学において三段論法を適用する過ちはここにある。「シェイヴド・フィッシュ」はあくまでも鬚を剃った魚であって「削り節」にはならない。
強いていえば「フィッシュ・シェイヴイング」でもあろうか。これでも魚の鬚剃り、という印象を免れない。
「シェイヴド・フィッシュ」は彼によほど強い印象を与えたに違いない。彼は私に「シェイヴド・フィッシュ」の絵を描いてくれと子供のようにせがむのであった。
仕方なく、私は大きな魚が白いエプロンをして理髪店の椅子にかけている絵を描いてやった。魚は小さな眼で天井のほうを見ている。あるいはうたた寝をしているのかも知れぬ。そうして手前のほうには白い上っ張りを着て、鼻のまわりが妙に黒い、顔の長い猫が革砥で剃刀をといでいるのだ。
なんとなく不吉な気配のみなぎる、気味の悪い絵ができあがった。彼は大いに喜んで、この絵に「新しい理髪師」という題をつけた。
(『女たちよ!』より「鬚を剃った魚の話」p42-44)
削り節の箱に書かれた「シェイヴド・フィッシュ」から生まれたエッセイと挿絵、お楽しみいただけましたでしょうか。挿絵の原画は新企画展にて展示されておりますのでぜひご来館の際にはご注目ください。
また、冒頭にご紹介させていただきましたゴム印はオンラインショップでも取り扱っております。その他にも絵柄がたくさんございますのでお好きなものを見つけてみてください。
去る9月1日に東京・国際文化会館にて第15回伊丹十三賞の贈呈式を開催いたしました。
式典の模様のレポートは、来週・再来週の2週に分けて更新させていただきます。
お楽しみに!
学芸員:橘さくら
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