記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2022.08.29 乗り物マニア


こちらは伊丹十三記念館に展示している伊丹十三最後の愛車ベントレーです。


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伊丹さんはこのベントレーを手に入れる際、「人生最後の車だから、この車(ベントレー)が欲しい」と家族に相談し、購入したというエピソードがあります。


そのベントレーを展示しているガレージには、若いころに所有していた「ロータス・エラン」について書かれたエッセイが表示されています。

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「私が自分のロータス・エランを赤にしたのは、こいつなら赤でも目立たない、と思ったからでありますが、さらに念を入れるなら、この車はよごれっぱなしのほうがいい。埃や泥はもちろん、小さな引っかき傷や、軽いへこみも、そのままにしておいたほうがいい。
 私の分類では、こいつは、雨具や履物の部類に属する。仕立ておろしのレインコートや、ま新しい靴というのが、どうにも気恥ずかしいものであると同様、車も、ある程度薄よごれた感じのほうが、私には乗り心地がいい。
 ま、そういうわけで、私は自分のロータスを掃除しないことにしている。昨年の暮れには、ひと月ばかりガレージにいれっぱなしにしておいたから、実にいい具合に埃がつもって、その埃の上に猫の足あとなんかついて、ほとんど私の理想に近い、芸術的なよごれをみせるようになった。
 私は、この埃の上に、指で絵を描こうと思った。そうだ!注連飾りの絵を描いて年始に出よう、と思った。」

「女たちよ!」より


このロータス・エランを購入する際にも、実はベントレーと同様、エピソードがあります。それについて書かれた伊丹さんのエッセイ、その名も「ロータス・エランのために」をご紹介いたします。


「わたくしがロンドンへ発つにあたって、一つ、実にくだらないことを、心にきめてきた。つまり、もし、この役が貰えたら、何が何でもロータス・エランを買ってやろうと思ったのです。
 ロータス・エランは英国のスポーツ・カーだ。排気量は一六〇〇ccと小さいが、二〇〇キロ近い最高速度を持つ。しかも、スタートして一〇〇キロに達するに要する時間が何秒だと思う。たったの七秒という、実にどうにも気違いじみた車なのです。

 ところで役が貰える、ということはどういうことか。勿論、ピーター・オトゥール、ジェイムス・メイスン、クルト・ユルゲンス、イライ・ウォラック、ジャック・ホーキンス、それに日本の斎藤達雄さんなんかと入り乱れて、しかもリチャード・ブルックスの監督のもとに、七〇ミリの仕事をするという、俳優にとって、これだけでも夢のような名誉だ。だが、それだけではない。役が貰えるということは、このロータス・エランを買って、なおかつ二人口が一年やそこら楽に食えるだけのものを余す収入を意味するのです。」

「ヨーロッパ退屈日記」「ロータス・エランのために」より



 この「七〇ミリの仕事」というのは1965年に制作された『ロード・ジム』という映画で、伊丹さんは見事、「役を貰い」、赤いロータス・エランを購入したという訳です。
ベントレー同様、ロータス・エランにも、購入に際して深い思い入れがあったことがわかりますね。
このようにして手に入れたロータス・エランに、前述の通り、埃をつもらせて楽しんでいたというのが何とも伊丹さんらしいですね。

十三の名前にちなんだ「13の顔」の中のひとつ「乗り物マニア」と呼ぶにふさわしいマニアっぷりです。



「女たちよ!」ご購入は こちら から
「ヨーロッパ退屈日記」ご購入は こちら から


ご来館の際には、「乗り物マニア」だった伊丹さんが愛した最後の愛車ベントレーをお見逃しなくご覧ください。



スタッフ:川又