こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2021.04.05 無法松の一生
伊丹万作脚本作品『無法松の一生』(1943年・稲垣浩監督)のBlu-rayが発売されました。
これまでもDVDやサブスクリプション配信、テレビ放送や特集上映などで鑑賞可能だった『無法松の一生』ですが、今回のBlu-rayは4Kデジタル修復版。
さらに、特典映像として、この作品の"歴史"と修復のドキュメンタリー、戦後GHQの検閲によって切除されたシーンなども収録されているそうで、豪華コンテンツですねぇ。さすが、阪東妻三郎さんの生誕120年記念!(※GHQ切除シーンは2012年発売のDVDソフトにも収録されています)
「古い映画は、ちょっと傷んだ映像で見るほうが趣があっていい」という方もおられましょうが、デジタル修復された映像では、俳優の表情、殊に、視線が鮮明になっていて、ハッとさせられることがたびたびあります。「何度も見た作品のはずなのに、まなざしひとつから登場人物の心情を感じる度合いがこうも違うものか」と驚きつつ、作り手の意図が十分に伝わる(ような作品の状態維持)って重要なことなんだな、と深く感じ入る瞬間です。
「大らかで、かつ精妙」「高度に完成されてくると、ほとんど技術的研鑚の痕跡すらとどめないということを改めて知らされる」と伊丹十三が讃えた(「父と子」『女たちよ!男たちよ!子供たちよ!』より)阪妻さんの演技、入手次第、4Kデジタル修復版で堪能したいと思います。
この『無法松の一生』は、制作当時には日本の内務省の検閲によるフィルム切除(脚本の事前検閲もありました)、戦後はGHQの検閲によるフィルム切除を受けた、受難の作品であります。およそ18分もの欠損がありながら名作として高く評価され、今なお愛され続けているのですから、存在自体も大変にドラマチックな作品と言えますね。
そして、『無法松の一生』が"息の長い"作品となったことで、伊丹十三にはまた別の、作者の息子ならではのドラマチックな体験がもたらされたようです。
公開当時に映画館で見て以来、34年ぶりにテレビで再見して綴ったエッセイによりますと――
私はこの映画を見て、いつしか坐り直していた。突然私は悟ったのである。「この映画は父の私に宛てた手紙であったのだ!」それがいきなり判ってしまった。
父は私が三歳の頃結核に斃れ、以来、敗戦直後、死ぬまで病床にあった。父の最大の心残りは、息子の私であったろうと、今にして思う。自ら育てようにも、結核は伝染病である。子供を近づけることすら自制せねばならぬ。かといって自ら遠ざかるうち、子供は、あらまほしき状態から次第に逸脱してゆく。このじれったさはどんなものであったろう。時時、それでもたまりかねて、父が私を呼ぶ。叱責するためである。
「意志が弱い」
「集中力がない」
「気が弱い」
「根気がない」
「グズである」
「ハキハキせよ」
「オッチョコチョイ」
「調子に乗るな」
「計画性がない」
「注意力が散漫である」
その父が、思いのすべてを托せる物語に出会った。「無法松の一生」である。
ひとりの軍人が病死し、あとに美しい未亡人と幼い息子が残される。息子は、気が弱い。意志が弱い。グズである。ハキハキしない。注意力散漫である。
この息子に、男らしさを、勇気を、意志の強さを、喧嘩の仕方を教えてくれるのが松五郎であった。松五郎こそ、父の私に対する夢でなくしてなんであったろう。
「父と子」『女たちよ!男たちよ!子供たちよ!』より
エッセイ「父と子」収録の単行本・文庫『女たちよ!男たちよ!子供たちよ!』(1979年、84年・文藝春秋)は残念ながら絶版ですが、2018~19年に岩波書店から刊行された『伊丹十三選集』の第3巻に再録されています。
上に引用した文章の続きにある「私は、伊丹万作、松五郎路線と、ほぼ反対の方向に子供を育てつつある自分を発見する」という、実に伊丹さんらしいお話も含めて、ぜひどうぞ、お読みください。
学芸員:中野
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