こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2021.01.25 寒い景色の作り方
寒中お見舞い申しあげます。皆様、お変わりありませんか。
この冬の寒さは、やけに心身にこたえるような気がします。でも、もうすぐ節分。2月2日が節分となる暦は明治30年以来だそうです。つまり、今年は1日早く春が来る...はず! 暖かくなるまでしのいでまいりましょうね。
さて、伊丹映画にも、寒さが骨身に染みてくるような、冬のシーンがいくつかございます。
映画における季節の演出は、その場面の雰囲気づくりに大いに関わるものであるとともに、時間の経過を視覚的にあらわすのにも有効な手段でありますが、冬らしさを表現したい場面だからといって寒い季節・寒い土地で撮影できるとは限りません。カメラを回すにあたっては、さまざまな工夫が凝らされているのです。
一例を挙げますに、『マルサの女』(1987年公開)、ファーストシーンのファーストカット。
雪の日。ひどく陰気な病院にロールスロイスが到着し、男が二人(山崎努さん・室田日出男さん)降りてくる......という場面――
――ここで病室の窓越しに見えている雪景色は「作り物」なんです。
降る雪は発泡スチロールの粒、地面に積もった雪は樹脂に起泡液を混ぜてコンプレッサーで敷きつめたもの、手すりと窓の桟に乗っているのは、なんと塩。ついでに言うと、窓の桟も美術スタッフの手作りだとか。
このシーンの撮影は、1986年11月17日、今は新国立劇場が建つ場所にあった「東京工業試験所の跡地」で行われました。
撮影現場に密着したメイキング『「マルサの女」をマルサする』(構成・演出:周防正行さん)で、その様子をちょっと覗いてみましょう。
窓から見える範囲にだけ雪景色をこしらえます。
「塀で視界を遮れば、雪を積らせるのはその手前だけでOK」
というわけで、塀も作り物。しかもとっても部分的!
「料理に近いネ、どっちかと言えば」と
手すりに塩をまぶす伊丹監督、の図。
監督自ら撮影の一部始終を記録した『「マルサの女」日記』(1987年・文藝春秋)を紐解きますと、この日の撮影準備についてはこんなふうに記されています。
自分は窓のすぐ外の階段と手すり、そして窓枠に積った雪を塩で作る。やはり自然現象を手で作るのはとても無理だ。非常に難しい。助監督久保田、装飾石田登両君と、まるで細工物を作るように、息をつめて塩を積む。(中略)
結局、全午前中を雪、その他の準備に費し、昼頃やっと本番。
雪を降らし、窓をヤカンの湯気で曇らせ、遠くのビルの煙突にスモークを焚いて煙を出して(暖房の排気の湯気のつもりである)すかさず本番。
「とても無理」「難しい」と降参したかのような書きぶりの伊丹監督ですが、メイキングビデオでは、この作業に夢中になっている姿(超・楽しそう)、そして「ほとんど芸術の域に達してる」との自画自賛発言(超・嬉しそう)もバッチリ捉えられていました(笑)
ちなみに、主人公の勤務先「港町税務署」のシーンも、同じ東京工業試験所跡地で撮影されたのだそうですよ。"映画の中の世界"がいかに作られているか、本編で、メイキングで、どうぞお楽しみください。
※伊丹映画のメイキングビデオは、「伊丹十三 FILM COLLECTION Blu-ray BOX Ⅱ」(23,000円+税)の特典ディスクに収録されています。
学芸員 : 中野
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