こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2020.05.25 おうちで伊丹十三・応用編
5月も下旬となりました。
例年ならば、3月から5月かけては行楽にもってこいの季節。どなた様も、春の日差しや初夏の風を全身に浴びたい気持ちをグッとこらえ、お出かけを我慢して、ご自宅でお過ごしになられたことでしょう。
GW前からしばらくの間、「おうち時間」なんていう言葉がSNSのトレンドワードになったりもしましたが、「今後もお出かけは見送ろう、おうち時間継続」という方はまだ多いことと思います。
でも「伊丹さんの本は全部読んだ、映画も全部見ちゃったよ!どうすればいいの?」という方、あるいは、「今は、本を手に取ってページをめくったり、2時間ばかり映画を見続けたりするだけの心の余裕は持てなくて...」という方も少なからずいらっしゃるはず――
そんなときは「伊丹エッセイに出てくる作品にふれてみる」という楽しみかたはいかがでしょうか。
本日は「音楽」、特に「バッハ」をお勧めしたいと思います。
常設展示室「二 音楽愛好家」のコーナー。展示されている
レコードの中には、もちろんバッハもございます。
『ヨーロッパ退屈日記』(1965年)収録のエッセイ「最終楽章」に、松山で過ごした高校時代の音楽体験を綴ったこんな一節があります。
その頃、町にアメリカ文化センターというものがあった。アメリカの図書やレコードを無料で貸し出してくれる。わたくしはバッハ気違いの友人と二人で、気に入ったレコードを数十枚一挙に借り出してしまった。期限は七日間であったが、七日目ごとに返しにいって、その場でまた借り出してしまうから、これらの数十枚のレコードはわたくしがこの町を去るまでの二年間、常に手元にあったのである。
(中略)
バッハ気違いの友人は蓄音機を持たなかったから時を選ばずにわたくしの下宿に出現してレコードをかけるのであった。
ある日、わたくしがうたた寝をしていると夢の中でいとも精妙な弦楽の響きが聴こえてくる。これはまさしく天上の音楽である、とわたくしは思った。
枕もとにバッハ気違いが坐りこんでバッハを聴いていたのである。わたくしが目を醒ましたのを見ると、彼は、その長い指で蓄音機を軽く叩いて拍子をとりながら「やあ」といった。
シャコンヌの中のアルペジオが今や高く高く鳴りわたり、窓辺には、彼の持ってきたらしい百合の花が、化学実験に使うフラスコに挿して活けてあった。窓の外の空はあくまでも澄み、透きとおった風が部屋一杯に渦巻いていた。
「最終楽章」『ヨーロッパ退屈日記』(新潮文庫)より
「いとも精妙な弦楽の響き」「まさしく天上の音楽」と評されている「シャコンヌ」は、5つの曲からなる「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ ニ短調 第2番(BWV1004)」の中の1曲です。これを聴いておりますと、心が鎮まり、整い、静かなまま高まってゆくのを感じます。
何かしながらの気分転換にもなります(音楽のいいところですね~)し、エッセイの中の伊丹少年と同じくうたた寝しながら聴くのも最高(至福のひととき!)、古今東西のヴァイオリニストの演奏を聴き比べたりすると、なおいっそう楽しめます。
臨時休館の間に、常設展示の一部入れ替えを行いました。
「最終楽章」の挿絵原画もご覧いただけます。
先に挙げたエッセイ「最終楽章」の続きでは、バッハの曲は、ほかに
- 「無伴奏ヴァイオリン奏鳴曲の二番のパルティタのアルマンド、ジーグ」(BWV1004)
- 「ヴァイオリン協奏曲ホ長調」(BWV 1042)
- 「二つのヴァイオリンのための協奏曲」(BWV1043)
が登場しています。
伊丹さんと一緒にレコードを聴く気分で、ぜひぜひお試しくださいませ。
心の落ち着かぬ情勢は長く続きそうですが、このたびの新型コロナウイルスはあの手この手で変異していくものだそうですから、人間もあの手この手でリラックス&リフレッシュして、心を強く豊かに保ち、免疫力を高めて過ごしてまいりましょう。
そして、「安心してお出かけできるようになったぞ」と思えるときが来ましたら、きっと伊丹十三記念館へお越しください。スタッフ一同、ずっとお待ちしております!
学芸員:中野
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