こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2019.08.05 夏の水遣り
記念館便りをご覧の皆さま、こんにちは。
毎日暑いですね!
ここ記念館の受付で皆さまをお迎えしていますと、汗をぬぐいながら入ってこられる方、第一声が「暑いね~」という方が本当に多くなってきました。水分・塩分を適宜お取りになって、体調を崩されないようくれぐれもご注意ください。
さてこの時期、記念館スタッフは交代で記念館の敷地にある庭木に水遣りを行います。
特に西側(記念館正面側)は日当たり良好なので、夏場、何日も雨が降らないときは、気温の高すぎる昼間を避けて夕方に水を遣ります。夕方近くに来られた方は、木の根元にホースを設置するスタッフの姿を見かけたことがあるかもしれませんね。
冷房に慣れてしまっている身としては、昼間ほどではないとはいえ、暑い中でのなかなか大変な作業になるのですが――暑さに加えてもう一つ、水遣りを大変だなぁと思う理由が、「蚊」です。
暑い時間帯はおとなしくしているのか昼間はあまり気にならないのですが、この夕方の水やり中は、油断すると知らない間に蚊に刺されてしまいます。うっかり虫よけスプレーをし忘れてしまうと、短時間で何か所も痒みを感じますし、時には服の上から刺されていることも・・・。スプレーし辛い顔や耳のあたりも、蚊にとってはねらい目(?)のようです。
ご自宅のお庭の手入れなどをされている方など、同じような経験はございませんでしょうか。
夏の蚊は本当に強敵ですが、庭木も厳しい暑さの中頑張っていますので、暑さや蚊と格闘しつつ雨降り以外の日は水遣りに励みたいと思います!
この蚊にちなみまして、伊丹さんの著書『女たちよ!』に、「蚊」というタイトルのエッセイが掲載されていますので、最後に少しご紹介いたします。
タイトルどおり蚊について書かれているのですが、「確かに!」と共感するところが多かったこともあって、蚊が飛び回る時期になると必ず思い出してしまうエッセイです。
ご興味のある方はぜひ読んでみてくださいね。
そろそろ蚊が多くなってきた。
五月、六月の蚊は、まだあんまり人間に馴れていないからとるのも楽であるが、これが八月、九月になるともういけない。人間の攻撃の、あらゆる裏表を知りつくした、老巧なやつらだけが生き残って跳梁をほしいままにする。
パン!パン!と蚊に向かって打つ拍手がことごとく空振りに終って、ついには手のひらがじんじんと腫れぼったくなってしまう。
小学校の頃、よく鬼ごっこをして、その鬼ごっこの中に、摑まったものがみんな手をつないで、長い長い鬼になる遊びがあった。
鬼の列がだんだん長くなって、運動場の端から端まで届くほどになる頃まで、うまく生きのびた経験が、きみにはないかな?あの時の胸のうちなんぞというものは、なんとも心細いようなもの悲しいような、それでいて晴れがましいような、心の躍るような、うそ寒い気持がするものであるが、九月ごろまで生きのびた蚊の心持も、あれに近いものかも知れぬ。
しかし、ほんとにいやな性能を持って生まれてきやがったね、蚊というものは。
要するに、刺すのは血がほしいからで、いやがらせのためじゃないんだろう?だったら、それならそれで、もっとへりくだった気持にはなれないものかね。たとえば刺されたあと、なんで人間が痒い思いをしなけりゃならんのかね。完全に無駄です。いや、刺されることも、痒いこともまだ我慢しようと思う。
どうにも我慢がならんのはあの音であります。そもそも、自分の居場所を人間に知られるだけ損だし、第一危険ではないか。なにを考えてるのかね、蚊というのは。やることが支離滅裂である。
要するに、蚊としては血をもらえさえすれば目的は達するわけだから、われわれ何ccかずつ血を出しあって、蚊のために巨大な血の池のようなものを建造し、蚊は直接そこから血を飲む、というような具合いにはしてもらえないものかね。
「蚊帳ってものがあったなあ」
「いいねえ、蚊帳ってのは」
「ほら、上のほうが白でさ、裾のほうへいくとだんだん青が濃くなるの」
「田舎だと全部緑色の蚊帳なんて多かったよ」
「そうそう。どういうもんだか、ナフタリンみたいな匂いがするのな」
「なんだか、あの蚊帳の中ってのはさ、平和っていう感じじゃない?妙に居心地がいいんだよな。本なんかすごく落ち着いて読めちゃう」
「おれは蚊帳の中にはいると、いつもなんだか浮き浮きしちゃったなあ。蒲団の上で尻上りみたいにして、足で蚊帳の天井蹴ったりしてさ」
「そうそう、天井蹴るよなあ。それからさ、寝る時にさ、天井から下ってる電燈をさ、蚊帳の天井越しに探ってぱちんと消すのな。あれもまたよかったよな、ざらざらして」
「はいり方もあったなあ、みんなで一斉にぱっとはいる」
「蚊帳ってのは、畳むのもむつかしかったよ。なんか赤いちっちゃなきれがついてたろ?畳む時の目印に」
「そうそう。それから蚊帳の吊輪をかけるものがあったろう。ほら、緑色の紐でさ、海老茶のさ、瓢箪形のアジャスターみたいなのがついてさ」
「蚊帳の中にはいった蚊ってのは、もう駄目だよな。パン、パン、パンって一ぺんに片づいちゃってさ」
「よくブンブンなんか外から飛びこんできてさ、蚊帳の外にとまったりしてやがったよな」
最近「電気蚊取器」というものが売り出されたので、私は胸を躍らせて電機屋へ見にいった。「電気蚊取器」という名前を聞いて私は次のような機械を想像してしまったのである。
すなわち、大きな金属製の箱から、伸縮自在の金属の腕が二本伸びている。蚊がこの箱に近づくと、ジージーという音とともに二本の腕がするすると伸びて、二つの手のひらでパチン、と蚊を叩きつぶす、というものであった。ジー、ジー、パチン、パチン――「電気蚊取器」の活躍を横目で見ながら、窓をあけはなして本を読む。どうも、まだあきらめきれないような気がするのである。
「蚊」『女たちよ!』(新潮文庫)
スタッフ:山岡
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