こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2017.08.21 残暑お見舞い申しあげます
今年も暑いなぁ、とホカホカの溜息をつきながら指を折って数えてみましたら、2008、2009、2010......2017、松山へ来て10度目の夏です。
松山じゅうの方(特にご年配の方)が口を揃えて「昔はこんなに暑くなかったんじゃけどねぇ」とおっしゃるので、「"こんなに暑くない"松山はどんなにかステキだろう」との想像が止まりません。
冷夏の地域もあって農作物への影響が心配ですが、みなさまお元気でいらっしゃいますか。心よりお見舞い申しあげます。
さて、東北生まれで暑さに弱い私にとって、読むだにつらい伊丹エッセイがあります。
播州赤穂の「爺さん」に「僕」がインタビューをしている形式で、「入り浜式」時代の過酷な製塩労働が綴られている、ちょっと変わったスタイルのエッセイです。
爺さん:ツチ入れたら、また海水をかけんならんでしょう。海水かけるゆうたかて、あのダイ(高濃度の塩水を濾し取る装置)ちゅうもんは二た坪ぐらいありますがな、四畳敷きの風呂へ水汲むようなもんでっせ。しかもそれが毎日八十(の塩田)でっしゃろ。
僕:フーン――で、その作業は午後ですか。
爺さん:そうですなア、七八月頃でしたら、二時半か三時頃じゃろかなア、炎天の一番暑い時分に、その一番えらい仕事をしよったんですから、それでえらかったんですわ。
僕:足もとはどうしてるんですか?
爺さん:足はもうハダシです。
僕:熱いでしょうが?
爺さん:熱いんですがな。
僕:焼けてるんでしょ、下は?
爺さん:焼けとるんですがな。足がアンタ、どない言うてええんか、ヤケドしたら火ぶくれになりましょ? あないになるんですがな。(中略)夏やったらね、足の裏が白うなってね、ほいで穴があくんですわ。そいつがえらかったんですがな。足の裏にね、こういう、力が入るとこに穴があいたりしてね、それが辛いんですがな。
「塩田」『日本世間噺大系』(文藝春秋、1976年)より
初出は雑誌『話の特集』1975年2月号
この「塩田」は、現在は新潮文庫版の『日本世間噺大系』でお読みいただけるので、多くの方にお馴染みの作品だと思いますが、同じご老人から聞いたお話を元にした別のエッセイがあるんです。ご存知の方はあまりいらっしゃらないと思うので、一節をご紹介いたします。
この間、赤穂へ行って来た。
(中略)宿へ着いてね、出かけようと思ったら、ホラ、下足番っていうの? そのおじいさんが凄く体格がいいのね。で、ア、この人はもしかすると塩田で働いてた人じゃないかなと思って訊いてみると、この勘がピタリと当たったわけよ。五十年も塩田で働いてた人だったわけ。
(中略)いやあ、入り浜式の塩田での労働っていうのは、聞きしにまさる物凄さね。(中略)何が大変だというと、まあ、ともかく重いわけよ。なんたって土と水を扱うわけだからね。ともかく、掻き集めてきた山のような土をダイの中に入れるわけでしょ。しかも、それを毎日八十やるわけでしょ。入れたら今度は水を運んで、それへかけなきゃならんでしょ。(中略)水を入れたら、あとで、また用済みになった土を出し、その土をまた撒くわけだからね。で、土を撒いたら、またその上へ水を撒かなきゃならんでしょう。
これを、カンカン照りの中でやるわけだから、重い上に熱いわけよ。砂なんかもう焼けてるわけだからね。で、その上を裸足で働くわけでしょう。もう、足が擦りむけてさ、皮が破けて肉が出ちゃうわけ。それでもって、下は焼けた砂。しかも塩をまぶした砂よ。もう――なんていうかね。どうする? っていいたくなっちゃうわけよ。
大京観光広告『詩のあるまち』シリーズより(日本経済新聞1973年11月9日)
時期的には、こちらのエッセイのほうが1年3ヶ月ほど先に発表されています。塩田の重労働を新聞広告用のエッセイに記した後、今度は自身の雑誌連載で「爺さん」の言葉として伝えたい、と考えたのかな......というのは私の推測なのですが、真夏の炎天下にも真冬の冷たさの中でも、海水と、海水を浸み込ませた重い土を運び続けたご老人の話は、伊丹さんの心を強く捉えたようですね。
広告エッセイは、現在の企画展「ビックリ人間 伊丹十三の吸収術」で紙面ごと展示しております。塩田のお話、文庫で、展示で、ぜひお読みください。
朝夕の空の色や空気に秋を感じるようになってきましたが、少し涼しくなってきた頃が、夏の疲れの出る頃です。みなさま引き続きご自愛くださいませ。
学芸員:中野
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