記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2013.08.05 本の思い出

夏といえば本! と思ってしまうのは、読書感想文のトラウマなのか、出版業界の文庫本戦略がすっかりすりこまれたからなのか......

本、というと、私は長らく新品派でありました。
図書館の本も古本も、あまり好きになれなかったのです。お金をかけることになったとしても、きれいで新しくて自分だけのものと思える本でないと嫌だったのだと思います。(と、書いてみると、いかにもしょーもない理由で自分の小人物ぶりにガッカリしますね...)

卒業論文を書く頃になって、引用に使いたいのにどうしても手に入らず原典に当たることができない昔の本を、遠くの町の図書館へ借りに行ったことがありました。手にしてみると、一冊の書籍としてすばらしいものであることに感銘を受け、卒論が済んでも「やっぱり自分の手元に置きたい」という思いは消えませんでした。が、何しろ40年ばかり前の本で絶版、少数しか出版されなかったのか、古書店でも、ネットの古書検索でも、なかなかお目にかかることはできません。1年半ほど後だったでしょうか、東京の古書店で見つけたときは、いやぁ、嬉しかった! 生れて初めて、本を買うのに動悸息切れ目まいを催しましたね。

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といういきさつでやっと手に入れた本はコレです。
市川崑・和田夏十『成城町271番地 ある映画作家のたわごと』白樺書房、1961年
(装幀も市川崑さん自ら手掛けたそうですヨ! シブカッコイイ!)

年月を経た古びだとか、前の所有者が書いた所属と名前だとか、古本としての存在感もあいまってのことかもしれませんが、ある"世界"のかたまりが手に入ったような興奮を味わわせてくれた、特別な一冊です。

以来、資料として読みたい文章は遠隔で依頼できる文献複写だけでなるべく済ませずに、そう遠くない図書館で閲覧できるときや古書で購入できるときは実物にふれるようになり、単行本に収録された文章でも元が雑誌記事なら雑誌を当たるようにもなり......(当然といえば当然ですが)。そうこうしてみると、古い雑誌というものも、それが発行された時代や社会を生々しく反映していて、実に面白いものだということが分かりました。

例えば、伊丹万作脚本・稲垣浩監督『無法松の一生』は、今の時代に映画館・テレビ・DVDで見ても、『伊丹万作全集』第3巻に収録されたシナリオを読んでも、素晴らしい作品に違いありません。しかし、シナリオが初めて発表された『映画評論』1941年1月号を手に取ってページを繰ってみると、他の記事も含めた雑誌全体からその時代の暗く重い空気がありありと感じられて、この作品を生み出そうとした作り手の思いにあらためて胸を打たれる、なんていうことがあります。

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『映画評論』1942年1月号の目次
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あるいは、1984年の映画雑誌を読んでみると、「おー、和田誠さんの『麻雀放浪記』と伊丹さんの『お葬式』は同じ年の映画なのか」ということが記事のうえで分かって、好きな作品がピピピとつながるという喜びを味わえたりもします。

それから、これは余談ですが、調べもののついでに1970年代の映画雑誌を図書館でめくっていたら、「男は黙ってサッポロビール!」の三船敏郎さんの広告に出くわして、映画で見る三船さんの姿に対して感じるのとは別の感動、別の懐かしさに衝撃を受けた、なんていうこともありました。

現在、企画展示室では、伊丹万作が挿絵画家時代に手がけた大正時代の少年雑誌を展示しております。戯画風あり、耽美系あり、万作の多彩な画風をご覧いただけます。決めたページを開いて展示ケースに入れていて、一冊一冊を手に取ってお読みいただくことはできないのですが、大正時代の雑誌のたたずまい、その中に若かりし頃の万作の絵がおさまっている様子をお楽しみいただけましたら嬉しいです。


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この夏も、新品・古本にかかわらず、みなさまに活字との面白い出会いがありますように。

学芸員:中野