こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2012.11.19 私家版『中年を悟るとき』
読書の秋。本を探すときに、書店や図書館に足を運んで縁ある一冊を選ぶ、新聞の読書欄をチェックする、という従来の方法に加えて、最近では、SNSなどウェブサイトでたまたま目にしたレビューや引用で「これ読んでみたい」と興味をもって入手に至る、って方も多いと思います。Twitter「伊丹十三の言葉」をご覧になって、「へぇ、伊丹さんの映画だけじゃなくて本も面白そう」と感じてくださる方もいらっしゃるだろうなぁ、そうだと嬉しいなぁ、なんて想像もしていますけど、投稿の中にときどき「訳者あとがき」というのがあることにお気付きでしょうか?
そうです、伊丹さんは、エッセイ・対談集・映画撮影日記のほかに、翻訳もものしているのです。
【伊丹十三の翻訳書一覧】
マーナ・デイヴィス『ポテト・ブック』1976年
ウイリアム・サローヤン『パパ・ユーア クレイジー』1979年
マイク・マグレディ『主夫と生活』1983年
ピーター・シェーファー『ザ・ロイヤル・ハント・オブ・ザ・サン』1985年
ジャンヌ・ハンソン『中年を悟るとき』1996年
数は多くありませんが、小説あり戯曲ありノンフィクションもあり、とジャンルは多彩ですし、翻訳の方向性も、伊丹さんらしい洒脱系オトボケ系あり、「西欧人の自我の確立をあらわすために人称代名詞を省略しない! 『達意の日本語』を捨てる!」という気合十分系あり、と原書のテイストによって練られています。
それらの翻訳書の「訳者あとがき」には、もちろん、伊丹節がバッチリとしたためられていますから、「伊丹十三の書き物」としても面白いのです。Twitterをやるからには、これをお届けしないテはありませんよね。
そんな「訳者あとがき」シリーズのうちでも、思わず納得、不覚にもプププ、「私にも覚えがあるワ」というところをくすぐって楽しませてくれるのは、何と言っても『中年を悟るとき』のもの。
【表紙からしてプププとなってしまいます】
さてその訳者あとがきの一部をご紹介いたしますと——・朝起きたとき、すでにして疲れている。
・残った歯を一生懸命磨く。
・ほどよく飲む、という境地にはいまだ到っていない。
・十年先にわが家を建てる計画なんぞ聞きたくもない。
・昔あんなに面白かったあの映画が、今見直してみるとちっとも面白くない。
・昔ちっとも面白くなかったあの映画が、今見てみると実に面白い(ただし、こんなことは実に希です)。
・「エート、ホラ、ホラ、あの俳優なんてったっけ」。映画の話の半分はこれだ。
・木や花の名前は結構知っている。
・クイズに漢字の問題が出ると、大いなる優越感を持って見る。
・「こんな社会間違ってる」と思っているうちに、その「こんな社会」を息子たちに残す側になってしまった。
・年を取ったらいい顔になるはずだったんだが。
・楽しいうちに死にたい。
「これがあとがきなの?」と不思議にお思いになる方もいらっしゃるでしょうが、これは伊丹的・中年を悟るとき。私家版なのです。
【帯も思わず載せちゃいます】
『中年を悟るとき』は、1991年にジャンヌ・ハンソンが発表した"You knou you're grown up when.... "の日本語訳で、訳文を伊丹十三、イラストを南伸坊さんが担当し、1996年に飛鳥新社から発行されました。(伊丹さんのところで1年、南さんのところで2年、滞っていたらしいですヨ。)「俺もオトナになったもんだなぁ」、「ワタシも老けたものねぇ」と思うときのことが、チョットの哀しさと大いなる味わい深さをこめた108の短文であらわされています。その訳者あとがきには「この本のさらなる楽しみ方」がこんな風に書かれていまして——
この本をどのように楽しむかは読者の自由だが(速読術で読めば三分で読めてしまう)、トイレに置く、医者の待合い室に置く、ページを切り取って年賀状に使う、などの正統的な使い方のほかに、
(一)私家版を作る。
(二)それが高じてインターネット上に私家版のホームページを開設し、日本中の中年から投稿を募る。
(三)投稿が山のように集まる。
(四)それを飛鳥新社が本にしようとする。
(五)原稿が伸坊さんに回され、再びそこでいつまでも滞在する。
などの展開も考えられる。
それでは手始めに、以下、私の私家版を即席で捻り出しておこう。
——というわけで、これに続くかたちで、上のような伊丹さんの「私家版」が並んでいるのですね。
「それが高じてインターネット上に私家版のホームページを開設し、日本中の中年から投稿を募る」......ふむ、これ、今ならTwitterのハッシュタグ機能でやれそうですよね。楽しそう!
今度「#中年を悟るとき」で遊んでみませんか?
(註:Twitterでは、「# キーワード」を入れて投稿すると、同じキーワードを持つツイートを検索して一覧表示できる機能があります。「# キーワード」をハッシュタグと言います。)
というわけで、来るべき「中年を悟るとき祭り」に備えて、ワタシも伊丹さんよろしく私家版を考えてみました。
・毛染めのテレビCMを見つめる自分の視線、いつの頃からかかなりの熱を帯びている。ジットリ。(まだ買ったことはありません。)
・歯に何か挟まったらしいのを確認するつもりで鏡の前で「ニッ」とやったら、歯よりも歯茎の衰えの酷さに目が行き落ち込む。
・自転車ヨロヨロ運転のお年寄りを「危ないなぁ」という目で見ている自分が何もないところで転倒する。
・自分の生まれ年以降の作品や出来事を「わりと最近のもの」に分類してきた、その妙な「自分内基準」の見直しに迫られている。(昭和も遠くなりにけり。)
・「糖尿病になるぞ」と自分に言い聞かせると無駄食いを我慢できる。
・「便りがないのは元気な証拠」というのは20代までだなぁ。(友人と久し振りに連絡を取ると、みんな何かしらの病、それも結構な大病にかかっている。)
・「イケメンには興味ないけど男前には合掌したい」という思いが年々強くなる。(例えば田宮二郎)
・勝新や健さんのかっこよさが判ってきた自分がちょっと嬉しい。
・オバちゃんを「お姉様」、「お姉さん」と呼ぶ。
・友人の子供を「日本の宝」と言ってしまう。
・もはや運転免許を取れる気がしない。
・数限りない後悔のうちひとつあげるとすると、学生時代に日本の古典文学をひととおり読んでおかなかったこと、かな。
・とはいえ、「まだ手遅れではない、いろいろと」と思っている。(ゆえに余裕こいているところもあり。)
......えー、キリがないので今日はこの辺で。
みなさんも「私家版・中年を悟るとき」の楽しさをぜひ。
学芸員:中野
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