記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2010.03.08 花月園競輪場訪問記2

ひきつづき、花月園競輪場訪問(2009年12月27日)のレポートをお届けいたします。(「訪問記1」はこちらのページをご覧ください。)

花月園競輪場にお伺いするに当たって、スタンドの他にもうひとつ、ぜひ見てみたいと思っていた場所がありました。『マルサの女』のシーン122、権藤(山崎努)が亮子(宮本信子)を誘って競輪場へ行く途中の通り道として、撮影がおこなわれた階段です。 

石段をのぼるふたり.jpg『「マルサの女」日記』を読みますと、花月園競輪場でラストシーンを撮った後で撮影されたことは分かるのですが、どの程度の距離のところにあるのか、実際に競輪場へ向かう道なのか、気になっていました。

お伺いする前にお電話した際、「ええ、この近くにあると思いますよ。駅(京急花月園前駅)からの通り道ではありませんが、まわりには階段が何箇所かありますから」と花月園観光の長津さんがおっしゃっていたので、きっと競輪場付近にあるのだろうと思ったのですが、地図を見てみると周辺は階段だらけ...はたしてどの階段なのか...そしてたどりつけるのか...

そういうわけで、スタンドを見学させていただいた後は、花月園競輪場の周辺の階段めぐりへ。またまた長津さんにご案内いただきました。

お勤め先の周辺の道を歩きなれているご様子の長津さん、道端で毛づくろいをしている猫にも「やぁ」とあいさつなさるお洒落なこなれ具合に感心しながら、日当たりのよさそうな住宅街を歩いてみると、確かに坂道が多く、階段もあちこちにあります。 

階段1.JPG階段があると、立ち止まって持参した写真と見比べてみるのですが、それらしく見える階段があっても、周辺の家屋や塀や植木などが変わってしまっていると違う景色に見え、なかなか確信にいたりません。ある階段の前では「マンホールのフタの位置が違う気がする」、別の階段を見ては「この手すり、『マルサの女』のときにはなくて、その後につけられたものかもしれない」などなど憶測の深みにはまる私に、長津さん「聞いてみましょう」。


階段2.JPG長津さんのお知り合いで「確かにうちの前の道で撮影されました」という方にお会いすることができ、シーン122がこの階段で撮影されたことが分かりました。本当に競輪場のすぐ近く、一段一段は高さ12センチぐらいで奥行のある、なだらかな階段です。やっぱり、ずいぶんと景色が変わっていました。

ところで、このお家の方によりますと、撮影当日、お家の門の前(カメラの少し後方にあたる場所だったのでしょう)に椅子を置いて陣取った伊丹さんにこのお家のワンちゃんが吠え、「撮影に差し支えるので吠えないようにしてください」と言われたのだそうです。ワンちゃんからしてみれば、見知らぬおじさんが家の前に座っていたらそりゃ吠えて当然ですよね...それが犬の務めですものね...ロケーション撮影の大変さの一端を垣間見る思いがしました。

思いがけないエピソードもお伺いすることができましたし、ロケが行われた場所を訪ねることができて、感無量でした。

山崎努さんの
「太郎のことでね、一度あなたに礼をいいたかった」

というセリフがあるだけのシーンには、短いながらも、太郎君(権藤の一人息子)という存在を通じてある意味で同志として結びついている権藤と亮子の関係が描かれていると思います。向かい合って話しているのではなく、連れ立って少し先を歩きながら言う、亮子は少し遅れて歩きながら無言で聞いている。その雰囲気が、しみじみとしていながらもどことなくデートっぽくて、いいんですよね。

スタンドからの景色と階段をこの目で見て写真も撮ることができ、思い出深い訪問になりました。花月園観光様、長津さん、ありがとうございました。

鶴見花月園秘話.jpgとお礼を申しあげてお別れするとき、こんな本をいただきました。斎藤美枝さん著『鶴見花月園秘話 東洋一の遊園地を創った平岡廣高』(2007年、鶴見区文化協会)です。現在、花月園競輪場の建っている場所には、昭和21年(1945年)まで大きな遊園地があったのだそうです。

—明治45年(1912年)東京新橋の料亭「花月楼」の二代目・平岡廣高氏は、西欧料理業を視察するために訪れたヨーロッパでパリ郊外の児童遊園地を見て感激、「日本にもこども本位の遊園地を!」と、鶴見の丘陵地に建つ東福寺のご住職を説得して境内を改造、交通至便で風光明媚なこの土地に、大正3年(1914年)私財を投げうって東洋一の遊園地「鶴見花月園遊園地」を開いたのであります—

名前の由来を知ってナルホドと思いました。創設者の経営する料亭の名前から取った「花月園」という名の遊園地がかつてあって、その跡地にできた競輪場。だから、地名ではない、粋な感じのする名前がついているのですね。「遊園地」という名前ではありますが、動物園や室内温水プールにスケートリンク、花月園少女歌劇、ダンスホールなどもあったそうですし、高浜虚子も句会を開いたことがあるそうですよ。デビュー前の美空ひばりも遊びに来たことがあるとか。

近隣にお住いの方でも、遊園地があったことをご存じない方がたくさんいらっしゃるそうですが、遊園地の名をこの競輪場が受け継いで約100年。「花月園」には古い歴史があるのですね。

残念ながら、花月園競輪はこの3月末をもって開催を終えます。その後は、これも残念なことに、競輪場もなくなってしまうそうです。イベントの告知も掲載されていますので、ぜひホームページをチェックなさって、足を運んでみてください。

よこはま花月園競輪ホームページ

学芸員:中野