こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。
2009.11.16 伊丹映画の光
「すっかり秋ですね」と口では言いながら、天気の良い日中には半袖姿で街をゆく、季節感ゼロの東北育ちです。先日、一緒に歩いていた友人に「こんなに人が大勢いるのに、半袖なんアンタだけやで!」と言われました。だって暑いんですもの...
そんな私が記念館の寒がり代表・川又さんと並ぶと、同じ国の同じ季節に生活しているふたりとは思えない奇妙な光景...というのは、もはや秋の風物詩になりつつあります。
暑からず寒からず(あくまでも、私にとっては、です)の気温ゆえに、ということもありますが、秋の日差しは眺めていて飽きることがない、ということからも、秋はいい季節だなぁ、と思います。(春の日差しもステキなんですが、眠気を誘われていけません。)夏のように何もかもがカッと照りつけられるのではなく、ものの輪郭がさっと発光するような、光の粒子の揺らめきが見えるような景色にはついつい目を奪われます。今日も中庭や前庭の木々が...あっ、仕事中仕事中...。
そんな秋の日差しから思い出されるのは、『マルサの女』(1987年公開)のシーン107。権藤の自宅にガサ入れに入った板倉亮子(宮本信子)が、家を飛び出した権藤のひとり息子・太郎くん(山下大介)を追いかけて行って、ススキの原っぱを歩く場面です。
少しシナリオを引用してみましょう。
二人ぶらぶら歩く。
亮子「このへん、まだ田舎の感じが残ってていいわね」
太郎「父さんと昔よくここでキャッチボールした」
亮子「そう—懐かしい?」
太郎「ウン、あの頃が一番良かった。
母さんも元気だったし、父さんも今みたいじゃなかったし」
どうです?思い出しましたか?
ススキの穂とふたりの髪がきらきらと逆光に映えて、お父さんへの思いを吐露する太郎くんと亮子の友情に似たしみじみとした関係を引き立たせているこのシーンは、1986年12月5日に撮影されました。
当初は11月27日に撮影されるはずだったのですが、その日はあいにくの曇天。「画がへたってしまう」とカメラマンの前田米造さんと照明の桂昭夫さんからストップがかかったために、12月5日に延期されたのだそうです。そして見事快晴。伊丹十三はこのシーンを「脚本的に弱いところ」と考えていたそうですが、心に残る美しい画になっていますし、映画が光の芸術であることがよく分かります。決して余裕のあるわけではない撮影スケジュールの中でも止めてくれた前田さんと桂さんに、伊丹監督はどんなにか感謝したことでしょう。
さて、今日(16日)は、マルサの女こと館長・宮本信子が記念館に来て、お客様をお迎えしております。みなさま、どうぞお越しになって、館の感想など宮本に直接お聞かせください。
写真上:見よ、このボリュームの差を!川又さんの上着(モコモコ)と私の上着(ペラペラ) / 写真下:「伊丹十三普及部長」の中学生・花ちゃんとお話する館長
学芸員:中野