記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2013.04.29 小屋へ行ったよ! — 中村好文展「小屋へおいでよ!」レポート —

4月19日(金)、伊丹十三賞贈呈式の翌日、東京・乃木坂にあるTOTOギャラリー・間へ行ってまいりました。「トートーギャラリー・ま」と読みます。
TOTOといえば、キッチン、トイレ、バスルーム......みなさんのお家やお勤め先にも、必ずと言っていいほど、何かひとつはTOTO製品がありますでしょう。そのTOTOさんが社会貢献活動の一環として運営している建築とデザイン専門のギャラリーが「間」でして、中村好文さんの展覧会「小屋へおいでよ!」が開催されているのです。

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乃木坂駅を出て振り返ると...おぉ!

まー、なんと申しますか、のっけから面白味も夢もない話で恐縮ですが、シャカイジンを何年かやってまいりますと、稼いで食って生きていくことの大変さを思い知りますよね。生活全体を支えていくためには(お金の問題だけじゃなく)結構な努力が必要で、できるんだけど、しんどい、と。そして、思い知った後、人によって「生活を大切にする」派と「生活をおざなりにする」派に分かれて行く気がするのですね。
ワタクシ自身について申しますと、何の疑いもなく余裕で前者、のつもりでおりましたのに、いつの間にやら後者に足を踏み入れていたようでして、気付けば「生活について考えるのもめんどうくさい」「考えようとすると頭がシャットダウンする」「今の生活も先の生活も可能な限り見ないでおこう」という事態に陥っておりました。ああぁ、伊丹さんに叱られちゃう......

こんなふうですから、本や雑誌やテレビで紹介されている「ステキな暮らし(に必要であるらしい品々)」に食指が動くこともありませんし、友人から「一生モノの買い物に目覚めた」なんて聞いても「ふーん」と思うだけで、遠い外国のお話を聞いているような気持ちにしかなりません。

まして「家を持つ」...? 家を持つってことは土地を持つってことで、それらはいわゆる不動産ですよね!? ああ、想像もできませんそんなこと! 遠い外国のお話より遠いお話ですよ! お金と労力のかかる、大掛かりでしんどいだけのことじゃないですか! 怖い! ワタシには無理です!!

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きれいな青いタイルばりのエントランス。
さすがTOTOさんのビルですねぇ。


だから、まぁ、こういう機会でなければ行かないような場所だったと思うのです。(あ...中村さん、TOTOギャラリーさんスミマセン。「行かない」場所ではなくて、「行かないような」場所ですからお許しを...)
「なんかもう、この展覧会を観るにふさわしくない人物代表のワタクシがお邪魔しちゃって申し訳ありません!」という気分でビルのエレベーターに乗り、展覧会場へ分け入りますと——

果たして。

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小屋に暮らし『方丈記』をものした鴨長明、のパネル、の顔出し。もちろん(笑)パチリ。

いやぁ、楽しかったです。

できるだけ大きくて広くてたくさんのものが置けてできるだけ頑丈なもの。その中にいれば安心安全快適便利をすべて与えて保証してくれそうなもの。そのために一人では負えないほどのお金と時間と労力を費やしてしかるべきもの——そういうものこそが家......「っていうわけじゃないよ」と、古今東西の小屋、中村さんの小屋が、そのたたずまいで教えてくれるんです。示唆に富む痛快さ。そういう意味での楽しさを満喫いたしました。

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小屋に入って小屋を観る。こちらは立原道造氏のヒアシンスハウスの紹介。

もちろん、そういったことを難しい顔して「教えて進ぜよう」とおっしゃる中村さんではありません。
中村さんの「意中の小屋」の紹介や、中庭の小屋「Hanem Hut」、小屋にまつわるさまざまな写真やスケッチを眺めていて「わぁ、中村さんの口笛が聴こえてきそう」と思っていたら...ビンゴでした(笑)。(←どこで「ビンゴ」だったのかは、展示を観てのお楽しみを奪っちゃいけませんから、今はヒミツにいたします。)
中村さんと一緒にお仕事している人たちもね、写真やビデオの中でイイ顔見せてくださってます。

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ギャラリーの中庭に小屋が出現! Hanem Hutです。
素人でもバラして運んで別の場所で組み立てることができる
シンプルな作りなのだとか...ほほぅ。


そんな展示を行きつ戻りつしながらめぐるうちに「あ、家って、できるのかもしれない...」「ちょっと、やってみたい...かも」と考えるにいたりました。

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小屋の裏にはポンプ。屋根の上にはソーラーパネルと風力発電と高架水槽。
あれっ、風力発電が写ってないですね、スミマセン。

中村さんがご自身の別荘として「Lemm Hut」というエネルギー自給自足の小屋を浅間山のふもとにお作りになったのは2005年、それ以前からオファーに応じて小屋的な住まいを作っていらしたわけですが、中村さん の「小屋」観にふれ、2013年の今、人の営みについてますますいろいろの思いがおありなのだな、それにはあの震災が少なからず影響を与えているのだな、 ということも察せられました。

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ソファは土台ごと少し引き出すとベッドになります。

重たくなってしまった心に「もっとシンプルにやれることなんだよ、やろうと思えばね」「楽しいよ」というところを示していただいた思いです。

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はっけーん♪ イタミストですものね!

んー、なんかねぇ、できちゃうの。そりゃ大変ではあったけど、口笛吹いてたらできちゃったのね。だけどさ、何だってそうじゃない?
(ワタクシの想像したところの中村好文先生談話)

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コンロは嵌めこみの七輪。

と、ざっくりとした感想だけではあんまりなので、ニヤリとした点を具体的に、いくつか厳選してご紹介いたしましょう。

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上階の展示室の中には蚊帳の小屋。
その中にはHanem Hutの設計図、中村さんのスケッチ、メモなど。


  • ギャラリーの中庭の「Hanem Hut」は"モデルルーム"のように"平均化"された見本ではありません。"中村さんの"小屋であります。(だから、展覧会の英語タイトルが「Come on-a my Hut!」なわけですね。)この展覧会のために新しく作られたものではありますが、小屋のそこここから、中村さんがどんなふうに過ごすのかが見えてきます。水道・ガス・電気などのライフラインにつながっていなくても生きていける独立独歩ぶり、自給自足ぶりも見事です。
  • 中村さんによる「小屋に置くもの」選別のための絵リスト。自分を知っている人、自分にほんとうに必要なものを分かっている人だけが楽しむことのできる作業。「太平洋ひとりぼっち」の堀江青年の旅支度を彷彿とさせます。
  • 中村さんが紹介している「小屋人」たちは、「己を知る」という点においても中村さんが尊敬と親愛を寄せる人々なのだろうな、と想像。
  • 何かと"単なる四角い陳列棚"になりがちな展示什器も、中村さんにかかれば小屋型に!
  • 中村さん6歳の頃の「ミシンの下の巣作り」の絵! 誰もが自分の子供時代の巣作りの楽しさを思い出すでしょう。ワタクシは、机やピアノの下で読む本が格別に面白く感じられた子供時代を懐かしく思い出しました。「そんな暗いところで...目が悪くなるよっ!」て叱られても、やめられないんですよねぇ、アレ。
  • とってもおもしろい「小屋のメイキングビデオ」。45分ほどあります。全部ご覧いただきたいので、時間をたっぷり取ってお出かけくださいね。(ワタクシは...4時間ほど滞在してしまいました...笑)

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Hanem Hutのメイキングビデオ。中村さんインタビューもあります。
あ、並べてある椅子はモチロン中村作品ですよ。

そんなこんなで、「私にもできる...かも」「誰にでもできる...かも」と思い始めた自分の心境の変化に興奮したのでしょうか、ギャラリーで鼻血を出してしまったことを申しあげて、ご報告のしめくくりとさせていただきます。

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受付でいただいた「小屋においでよ!見どころ手帖」からも
中村さんの口笛が...ぷぴ~
♪ 楽し。

TOTOギャラリー・間
中村好文展「小屋においでよ!」
 会期:2013年4月17日(水)~6月22日(土)
 開館時間:11:00~18:00(金曜日は19:00まで)
 休館日:日曜・月曜・祝日
 入場無料
 ギャラリーHPはコチラ

「小屋に行けないよ!」という方は、"読む小屋"をぜひ。
中村好文『小屋から家へ』(TOTO出版)

学芸員:中野