記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2009.12.20 1986年11月26日、花月園競輪場でのこと

年が明けてひと月経てば、愛媛にやって来て丸2年になります。
愛媛で出会ったことばのなかで、いちばんのお気に入りは「チャンガラ」。ブッ散らかった状態を指すことばで、「ごちゃごちゃ」した感じと「ひっくり返した」ような感じが音でよく表されていると思います。なにせ、初めて聞いたときから「『チャンガラ』?何それ?」という疑問も抱かずに、すんなりと理解できましたから。

2009年も残すところ10日。私の机の上はまさしく「チャンガラ」です。年末の大掃除ということで、スタッフで手分けしてあちこちの清掃・整理に着手していますが、机の上だけは手をつける気になれません。これを片付けたら、同じぐらいに「チャンガラ」な私の人生も少しは片付くかなぁ...机が先か人生が先か...と考えると、永遠に片付かないような気分になってしまい途方にくれています。(余計なことを考えずに黙々と片付ければいいのに。)みなさまは、つつがなく年の瀬をお過ごしでしょうか?


ところで、横浜市鶴見区にある花月園競輪場での競輪が今年度いっぱいで廃止になるそうです。今月のはじめにニュースで知りました。花月園競輪場といえば『マルサの女』(1987年)のクライマックスのロケ地です。

マルサのガサ入れで権藤(山崎努)の脱税が明らかになった6ヶ月後、権藤が亮子(宮本信子)を訪問、誰もいない競輪場の観客席で隠し口座のありかを告げて去る...シーン123から125のロケが花月園競輪場で行われたのは1986年11月26日。曇ってはいるものの地平線近くの空は晴れていて、いい画が撮れそうな予感に伊丹監督も興奮したようです。

ロケ地に向かう車の中から東の空を遠望するに、地平線の空、やや赤味を帯び、雲の切れ工合がまことに面白い。車の中で走り出したいくらいに気がせく。(『「マルサの女」日記』より)

marusa1.jpgというわけで、メインスタンドの最上段から、海沿いの工業地帯が見える東側の遠景をバックにふたりが会話するシーンが撮影されました。薄紅色から青みがかったグレーへの雲のグラデーションがきれいです。
昼の休憩を取っている頃から東の空が暗くなり、今度は西の空が好調に。権藤との会話の亮子のリアクションや、権藤が血で暗誦番号をハンカチに書きつけるところは、この西の空を背景に撮影されました。

そして、権藤が去り、亮子がひとりで見つめる、凄みのある色と光の背景も西の空です。

この頃西の空ただならぬ気配。雲割れ、ビーム生じてたたずまい朝の空をはるかに上廻る。チャンスは今だ。自然現象に待ったはない。直ちに、亮子と権藤のわかれにとりかかる。(同じく『「マルサの女」日記』より)

その日その時に花月園競輪場付近で起こった自然現象と、それに瞬時に反応したスタッフのみなさんの力量、それから宮本さんと山崎さんの演技によってできたすばらしい映像には、何度観ても引き込まれます。本多俊之さんのハードでミステリアスなテーマ曲も、この映画のしめくくりを盛り上げています。

marusa2.jpgこれらの数シーンの撮影で精魂尽きた伊丹監督は、帰宅するなり棒のように倒れて、そのまま2時間ほど眠ってしまったとか...そんなエピソードも頷けるほど、強烈な衝撃と余韻を残す幕切れです。

『マルサの女』ラストシーンのロケハン資料、撮影予定表、伊丹監督による絵コンテは、企画展「メイキング・オブ『マルサの女』」でご覧いただけます。

 

学芸員:中野