記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2020.03.30 伊丹十三訳「ピサロ」

新しい本のご紹介です。

伊丹十三が翻訳した戯曲が収録された『ピーター・シェーファーⅠ ピサロ/アマデウス』がハヤカワ演劇文庫から刊行されました。

ピサロ役・山崎努さん、インカ王アタウアルパ役・渡辺謙さんで1985年に上演(日本初演)された舞台「ピサロ」(伊丹十三訳・原題The Royal Hunt of the Sun)と、シェーファー自身の脚色で映画化されアカデミー賞を数々受賞したことでも有名な「アマデウス」(倉橋健氏・甲斐萬里江氏訳)を合わせた1冊です。

hayakawa_shaffer1.jpg

さて、この「ピサロ」、山崎努さんからの依頼で伊丹十三が翻訳することになったのだそうですが――

通常、外国の芝居を上演する際には、翻訳家が翻訳したものを、実際に舞台で俳優が喋る台詞にするために全面的に手を入れるらしいのだが、そのような無駄を省くために、初めから喋れる台詞として訳してくれということであった。なるほど! そのような仕事に、私はまさに適している。日本で一人、とはいわぬが、十人の中には間違いなく入る自信がある。私は喜んで引き受けた(訳者あとがきより)

※日本初演時、原題どおり『ザ・ロイヤル・ハント・オブ・ザ・サン』の題名で刊行された訳書(1985年・劇書房発行、構想社発売)のあとがきで、ハヤカワ演劇文庫にも収録されています。

――といういきさつがあったのだそうです。

時期としては監督デビュー作の『お葬式』と第2作『タンポポ』の間にあたり、それ以前には、俳優として演じ、文章を書き、翻訳も手掛ける、という経験を積んできたことから、腕を振るうにもってこいの仕事だったわけですね。

また、異文化の出会い・衝突・葛藤による歴史の転換に興味を持ち続けた伊丹十三ゆえ、題材の点でも、強く心惹かれる作品だったことでしょう。

文庫の帯にもあるように、「ピサロ」はこのたび、日本初演時にアタウアルパを演じた渡辺謙さんをピサロ役に、新装PARCO劇場のオープニング・シリーズ 第1弾として35年ぶりに再演されています。

誰にでも「ぜひ劇場に足を運んでご覧ください」と申しあげられないのが残念でならない近頃の状況ではありますが、劇場で、ハヤカワ演劇文庫で、ひとりでも多くの方がこの作品にふれてくださることを願っております。

伊丹十三の訳書は他にも

  • マーナ・デイヴィス『ポテト・ブック』(1976年・ブックマン社)
  • ウィリアム・サローヤン『パパ・ユーア クレイジー』(1979年・ワーク・ショップガルダ発行、れんが書房発売)
  • マイク・マグレディ『主夫と生活』(1983年・学陽書房)
  • ジャンヌ・ハンソン『中年を悟るとき』(1996年・飛鳥新書)

とあり、『ポテト・ブック』は河出書房新社から、『主夫と生活』はアノニマ・スタジオから復刊されています。

『ポテト・ブック』『主夫と生活』は記念館のグッズショップで扱っていますので、ご来館の際にはお手に取ってみてください。

学芸員:中野

2020.03.23 期間限定メニューはじめます

記念館便りをご覧の皆さま、こんにちは。
3月の中旬頃から、記念館の敷地にあるユキヤナギ、トサミズキなどが開花し、一気に春めいてまいりました。
中庭でもヒメツルニチニチソウが紫の花をぽつぽつと咲かせています。

20200323-1.jpg

ヒメツルニチニチソウ

さて、そんな春の記念館から期間限定メニューのお知らせです。
カフェ・タンポポにおきまして、今年も「豆乳イチゴ」をスタートいたしました!

20200323-2.JPG

豆乳イチゴ。ミントの葉っぱをのせています

愛媛県産のイチゴと豆乳をミックスした、可愛らしいピンク色のアイスドリンクです。
口当たりの良いさっぱりとした甘さが特徴で、世代を問わずご好評をいただいている人気メニューです!

通年のメニューではありませんが、2014年から毎年この時期にご提供していることもあって、何年かぶりに再来館くださったお客様から「前に飲んだ『豆乳イチゴ』が美味しかったので今日も飲みます!」と再度のご注文をいただくこともあるんですよ。

この時期おすすめのドリンクですので、記念館にお越しの際はぜひお試しくださいませ!

スタッフ:山岡

2020.03.16 巣ごもりの準備

 

気軽に外出ができない日々が続いていますがいかがお過ごしでしょうか。


最近見た記事では「巣ごもり消費」なるものが好調なのだそうです。
世の中の皆さんは食品やらDVDやら学習教材やら、自宅で有意義な時間を過ごすために色々と考えて準備をされているのですね。


私も少し前まで巣ごもりという程でもないのですが家で長く時間を過ごす日々を送っていました。
そんな毎日の中で動画配信サービスを使って映画を観ることも多くあったのですが、最初のうちは興味がある映画を1本、1本探して観ていたものの、何せ時間を持て余していたのでだんだんと自分の中で何かとテーマ作ってまとめて作品を観るようになっていきました。


例えば、とある女優さんが電撃結婚をされた際には勝手に一人で「○○○(←その女優さんの名前)祭り」なるものを開催して、その期間はその女優さんが出演している作品をひたすら探して観続ける、という感じです。


一度観たことのある映画も久しぶりに観てみると前と違って観えたり、自分からは特に観ようとしなかった作品がすごく面白くて気に入ったりして、「巣ごもり」を結構楽しんで過ごすことができたと思っています。


というわけで提案なのですが皆様もこのタイミングを利用して伊丹十三ざんまいの「伊丹十三祭り」を開催してみませんか?
伊丹さんの映画はブルーレイで販売もされていますし、本もたくさんあります。
自宅にいながらもこれらを簡単に手に入れられる時代ですよね。

bbox.jpg【Blu-rayはボックスでいかがですか?特典も豪華ですよ】

senshu.jpg

【伊丹十三選集全3巻もおススメです】

 


伊丹さんざんまいの日々は人生においてそれはそれは濃く、実りのある時間になることと思います。


厳しい状況は続きますが、ポジティブに気持ちを変換していきたいですね。




伊丹十三の本もたくさんのオンラインショップは こちら から

 

 

 スタッフ川又

2020.03.09 印象深い文章

ささやかな場面を描いているのに、なぜか心に残って、ふとしたときに思い出す――そういう文章がありますよね。
伊丹さんのエッセイにも印象深い文章はたくさんありますが、わたしにとって「ささやかな場面を描いているのに、ふと思い出して読み返したくなるもの」のひとつが、こちらです。一部引用します。


" 石鹼に関する記憶をさらに溯(さかのぼ)れば、子供の頃の玩具(がんぐ)にセルロイドの舟というものがあった。あれはグリコのおまけだったかな。小指の先ほどの、小さなセルロイドの舟の玩具があった。
 鮮やかな空色や桃色のセルロイドの板を野球のホーム・プレートを長くした形に切って、尖(とが)ったほうが舳先(へさき)である。これに黄色のセルロイドで簡単な煙突や艦橋がついていた。この舟は樹(き)の脂(やに)で走った。舟尾に桜の木の脂をちょっぴりつけて水に浮かべると、脂が水の中へ弾(はじ)けるように溶けてゆく、その勢いで走るのであった。長い夏の昼下りを、四歳の私はセルロイドの舟で遊んで飽きるところがなかった。脂がなくなったときには、洗濯石鹼の小片をつける。舟の速力はとても桜の脂には及ばなかったが、それでも舟はよく走った。脂や石鹼が溶けて、水面が玉虫色に光る黄昏(たそがれ)の大海原を舟は走り廻るのであった。"

「石鹼についての覚え書」『女たちよ!』(1968年)より


読み返すたびに、鮮やかな描写に引き込まれ、まるで自分が体験したことであるかのような感覚につつまれます。印象深い文章を繰り返し読むのは、はじめての文章を読むのと同じように楽しい時間ですよね。

記念館にいらっしゃるお客様からも、「伊丹さんのエッセイの、あの一節が忘れられなくて」と、お話を聴かせていただくことがあります。皆さま、生き生きとした表情で語ってくださいます。
記念館のグッズショップでは伊丹さんの書籍も販売しておりますので、ご来館の際には、お手に取ってみてください。はじめての文章、なつかしい文章、それぞれにお楽しみいただけることと存じます。

20200309_01.jpgグッズショップ 書籍コーナー
オンラインショップでも一部の書籍を取り扱っています


また、常設展示室の「五 エッセイスト」コーナーでは、伊丹さんのエッセイストとしての顔をご紹介しています。

20200309_02.jpg常設展示室「五 エッセイスト」コーナー


直筆原稿などを展示していますので、こちらもぜひご覧くださいませ。

スタッフ:淺野

2020.03.02 音の映画

たしか、スキー場のリフトに父と並んで乗っていたときのことでした。

突然、父がおどけた調子で「カラマツザワ~」と言ったのです。何ごとかと尋ねましたら「昔見た映画をフと思い出してサ」とのこと。

なんでも、落葉松沢(からまつざわ)という信州の山の中の小さな駅が舞台の映画で、その駅はちょうどこんな景色のところにあり、主演の森繁久彌さんが駅長役。汽車が来るたびに駅長が「カラマツザワ~カラマツザワ~」と言うのをタヌキが覚えて、そっくりに真似するシーンがあるのだ、題名は『山鳩の駅』だったかなぁ、と。

父の「カラマツザワ~」があまりにも愉快だったので見てみたく思い、それ以来、"森繁さんが駅長役でタヌキに真似される『山鳩の駅』とかいうらしい映画"を探し求めてまいりました。
20年近くが経ちましたでしょうか、行き当たることができずあきらめかけていたのですが、つい最近、何気なーく開いた日本映画専門チャンネルの番組表に『山鳩』と発見。待てば甘露の何とやら、ですねぇ。

果たして、「森繁さんとタヌキの種を超えた交流を描いたハートウォーミング・コメディ」は私の相当に誤った思い込みだったことが発覚したうえ、タヌキ(ムジナ)の声真似は作中に一度しかなく父の記憶の妙に驚くことになりましたが、ほのぼのとやさしく美しく、しみじみとした味わいのよい映画を、父のおかげで見ることができました。(監督・丸山誠治さん、脚色・井手俊郎さん、1957年の東宝作品でした。)

そんな父の血を引いてか、私も映画のセリフが不意に口をついて出てきてしまうタチで、伊丹映画で例を挙げますと、そうですね......一番多いのは「クイナです」かな。

静かな生活』(1995)で山崎努さんが演じた、パパのセリフです。

shizukanaseikatsu_kuina.png

「障害をもって生まれ6歳まで言葉をしゃべらなかった息子が、実は鳥の声のレコードを聞き覚えていて、軽井沢の森の中で聞こえたクイナの鳴き声に反応して初めて発した言葉」として語られます。

川べりなんかを歩いているとき、緑の木々の間から鳥の声が聞こえてきただけで(鳥の種類によらず)このシーンが思い出され、山崎さんの声をなるべく真似て「クイナです」と言いたくなるのですね。

shizukanaseikatsu.jpg

『静かな生活』には山崎さん以外にも素敵なお声を持つ方が多く出演していて、大江光さん作曲の澄んだ音楽とともに「音」が心に残ります。映画を見る楽しみに音というものがいかに深くかかわっているか、よく分かる作品です。

毎月十三日の十三時は記念館で伊丹十三の映画を観よう!」、今月はそんな『静かな生活』をご紹介いたします。

3月13日(金)13時にご来館くださいましたら、常設展示室でご覧いただけます。
ぜひ耳を澄ませてお楽しみくださいませ。

学芸員:中野