記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2017.03.13 伊丹映画と表現の自由

3月半ばになりました。
桂の葉はまだ出てきていませんが、芽吹いた枝先が赤く染まって「エネルギーがみなぎってきたぞ~~」と木が言っているみたいです。ちょっとワクワク。

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花粉症の方にはつらい季節と存じますが、前庭や中庭の四季折々の眺めをお楽しみいただけましたら嬉しいです。

さて、本日3月13日(月)13時からの「十三日の十三時」で、伊丹映画10作品が一巡します。

今月の作品『マルタイの女』(1997年)は、ある有名女優が、殺人事件を目撃したことから身辺保護の対象者"マルタイ"となって、数々のピンチを乗り越えていくドラマチックな監督第10作。アクションあり、サスペンスあり、豪華絢爛な舞台公演のシーンあり、伊丹映画では初の「刑事もの」です。

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『マルタイの女』が監督自身のマルタイ生活(※)から生まれた作品であることはよく知られていて、身辺保護を受けながらプロフェッショナルの仕事ぶりを間近に観察して「ホウ、面白い」「プロというのはすごいものだネ」と大いに感心したのであろうと思われるエピソードが随所に見られます。

※監督第6作『ミンボーの女』が公開された1992年5月。伊丹十三が帰宅したところを暴漢に襲われ、左頬と左手を切られるという事件が発生。一流ホテルがヤクザを撃退するまでを描いた作品に不満を持った暴力団員の犯行でした。この事件により、伊丹・宮本夫妻は約1年半にわたって身辺保護を受ける生活を送りました。

非日常的な実体験をもとにしたディティールの面白さは、笑いと学びを同時に楽しめる伊丹映画ならではの娯楽性につながっていますが、マルタイ経験から5年をかけて構想されたこの作品には、「面白いから」ということだけでなく、ある真剣な思いもこめられていました。

事件に関して、また暴力事件や表現の自由に関して、多くの方方がわがことのように勇気ある怒りの声をあげてくださったのが実に感動的で、心揺さぶられる思いをいたしました。苦境にある人間を支えてくれるものが、何よりも人人の理解と支持である、ということを今さらの如く教えられた思いです。この教えは、今後の私の映画作りに反映し続けてゆくことになるでしょう。<事件に対するお見舞いへのお礼状(1992年)より>

映画『マルタイの女』は、勇気ある証人と、命をかけて彼女を守る刑事たちの、愛と感動の物語です。民主主義社会を守るためには、われわれは暴力団やカルトをはじめ、われわれの自由や言論を封殺しようとするあらゆるテロリズムと戦わねばなりません。そのためには一般市民の理解と協力、わけても、テロ行為の目撃者の勇気ある証言が是非とも必要になってくるのです。われわれが自然なものとして享受している自由や安全は、実は、市民一人一人の勇気と知恵と努力によって、育てられ、守られていくものであることを『マルタイの女』は教えてくれるでしょう。<『マルタイの女』劇場パンフレット(1997年)より>

"ミンボー事件"のときに励ましてくれた人たち、守ってくれた人たち、勇気をもって証言してくれた人たちへの感謝と、表現者としての決意から生み出された映画、というわけです。

それにしても......こうして20年前の伊丹監督の言葉を読んでみると、人間の自由や安全を脅かすものは時代によって姿を変えるらしいこと、それだけに「表現の自由」も議論のやまない問題であり続けていることを感じます。
表現する側の人だけでなく受け手の側も、自由でいること、自由を育て守ることをしっかり意識していかないといけませんね。(つまんない映画ばっかりになったら困るもの!)

「十三日の十三時」は、来年度も、第1作『お葬式』から『マルタイの女』まで、毎月1本ご覧いただけます(5月・8月は開催いたしませんのでご了承ください)。2周目となりますが、思いを新たにしてお客様をお迎えしたいと思いますので、ぜひお越しくださいませ。
自由な気持ちで伊丹映画をお楽しみいただけましたら幸いです。

学芸員:中野