記念館便り ― 記念館からみなさまへ

記念館便り

こちらでは記念館の最新の情報や近況、そして学芸員やスタッフによる日々のちょっとした出来事など、あまり形を決めずに様々な事を掲載していきます。

2012.10.22 周防正行監督最新作『終の信託』と監督のお話

10月27日(土)、周防正行監督の最新作『終の信託(ついのしんたく)』が公開されます。

周防監督には、伊丹十三賞の選考委員を、創設以来、南伸坊さん・中村好文さん・平松洋子さんとともにお引き受けいただいて、私ども、大変お世話になっております。
さらに、ご存知の方も大勢いらっしゃると思いますが、伊丹十三監督作品の『マルサの女』(1987年)、『マルサの女2』(1988年)のメイキングビデオは、周防さんが監督してくださいました。(映画本編が劇場で公開される前にテレビ放送され、のちにビデオソフト化もされました。現在は、「伊丹十三FILM COLLECTION Blu-ray BOX Ⅱ」に封入されている特典ディスクでご鑑賞いただけます。)
そのようなありがたきご縁のゆえに、去る10月2日(火)、松山市のシネマサンシャイン衣山で開催された試写会とティーチインへお邪魔してまいりましたので、以下ご報告申しあげます。

 

tsuino_shintaku.jpgあらすじやキャスト、監督からのコメントなどはぜひこちらでご覧ください

 

『終の信託』は、自分の命の終わり方を託す人、引き受ける人、託され引き受けられたことを出来合いの秤に乗せずにはいられない人、のお話です。

公開前に私のドヘタな感想を申しあげていいものか悩みますが...

とても静かで、緊張する映画でした。
「静か」と言っても穏やかというわけではなく、音楽は最小限に抑えられていて、周防義和さんの音楽と、物語のモチーフのひとつにもなっている「私のお父さん」(プッチーニのオペラ『ジャンニ・スキッキ』の有名なアリアです)が効果的に用いられている以外、聞こえるのは登場人物の会話。言葉の合間の彼らの息遣い、眼差し、彼らが身を置く空間に充満している気の音が聞こえて匂いも漂ってきそうに思えたほどです。
ですから、「緊張する」と言いましても、嫌な緊張感ではなく(周防監督がそんなことなさるわけはありませんね)、スリルとサスペンス!というような緊張感でもなく、映画の世界に集中することで「この映画に応えられる観客でありたい」と思うような、心地よい緊張感でした。
上映時間は2時間24分、と長い作品なのですが、「体感時間1時間半」(監督談)はホントでした。

それで、拝見している最中、「この感じは何かに似ているな」と——ああ、そうです、大学生の頃、名匠と呼ばれる監督たちの映画に出会って、所謂「昔の」日本映画の中の、人と言葉と空間の絶妙な間にある(らしい)ものに強く惹かれたときの感じですね、それを思い出して、
「そうか、映画を観る喜びって、こういうものだった」
と嬉しく感じたりもしました。

そんなふうに拝見しましたので、上映の後のティーチインで、
「朔立木さんの小説を読んだとき、『この作品の空気、綾乃が経験する局面、空間の空気を映画で生み出したい』と思った」
と監督がおっしゃるのを聞いて、大いに納得、謎が解けたような思いでした。
(とはいえ、ごく少人数の登場人物と空間で映画を一本作るというのは大変なことだと思います。「原作の"世界観"を映画にしたい」と言って作られる作品の多くが音楽や躍動的なビジュアルを多用している...もちろん映画ですからそれも大いに結構ですし、素晴らしい作品もあるのですが...そういう作品であふれかえっている状況に、われわれ観客は甘やかされてもきたし、ちょっと誤魔化されてもいて、ちょっと疲れてきてたよね、と改めて感じました。)

ティーチインでは、この他に、客席からの質問により


・原作を読んでいるときから、主人公は草刈さんの姿で「見えて」いた(医師という責任ある仕事を続けてきた主人公も、バレリーナの道を歩んできた草刈さんも、無理をしてでも強気でいなければならないことが多く、弱みをみせない一方で孤独も抱えているであろう点で共通している)こと

・間合いや声量などの演技は役者さんにお任せし、監督としては「それをどう撮るか」に苦心したこと。監督自らカメラのポジションを探って決めたカットもある。が、カメラマンが「もう一度」と別の撮り方を提案したときは必ずやってみる。撮影中に限らず、シナリオを書いているときも、スタッフからの意見は受け入れることにしている。(曰く「自分ひとりの力では映画は作れないと思っています」)

・鎮静剤の点滴量は、実際には...(ご鑑賞の際、ココ注目ですよ!)

・「管(チューブ)」というモチーフ(ハイ、ココも注目ですよ~!)
というような、作品と作品作りに関するお話から、

・どうして映画監督になったのか

・次回作は...

というお話もお聞かせくださいました。

「どうして映画監督になったのですか?」との質問(私の席から質問者の方の姿は見えなかったのですが、お声から察するに、10代の少年だったと思います)に、周防監督は丁寧にお答えくださいました。
「立教大学の仏文科に入学して、蓮見重彦さんの講義を受けたことがきっかけ(多くの映画人を輩出したことで有名な講義です)。でも、映画は『自分の哲学』のようなものを持っている立派な人が作るもので、自分が作ることになるとは思っていませんでした。大学を卒業するときに、『好きなことをやったら、失敗したとしてもその次は何でもできるだろう』と考えて、映画監督の高橋伴明さんがよく来るというお店で待ちぶせして、『助監督にしてください』と頼みこんで、5年間助監督をやりました。そうして、映画の世界が現実になったことで、『じゃあ、自分はどんな映画を作りたいか』と考えるようになったんです」と。

冗談混じりに「もし...僕が東大の仏文科に行っていたら、映画の世界には入っていなかったでしょうね」とおっしゃっていましたが、遠い場所から「何が」したいかと考えるのではなく、「現実」になる世界に身を置いてみて「どう」したいかを考えたことが出発点、というお話は、質問者の未来ある少年にも、今現在仕事を求めている人にも仕事をしている人にも、励みになるお言葉だったと思います。少年、いい質問をありがとう!

と、いうようなことを、私は手持ちの手帳にアタフタと書き留め、それを解読しつつこの記念館便りをしたためているわけなのですけれども、スワローズファンとしても有名な周防監督のお話をメモした手帳がはからずもタイガース的な表紙で、しかもそれを携えたままご挨拶してしまったことが監督に対してほんとうに申し訳なく...映画館を出てから気付き...「うぉ~! 私ったら何てことを!!(でも、虎ファンのワタシの誕生日に友人が贈ってくれたものですのでどうかどうかお赦しください!!)」と...
監督は、伊丹十三賞の選考委員をお務めくださっていることも、記念館のことも、ティーチインの冒頭でご紹介くださいましたのに...いつかお詫び申しあげたく思っております...
監督、これに懲りずに、ツバメさんたちとともに松山へまたお越しくださいね。

『終の信託』は、今週末10月27日(土)より日本全国で公開です。みなさまぜひご覧ください。

あ、最後にもうひとつ。
ティーチインの終わりに、監督から観客のみなさんへステキな宿題が出されました。
「お家に帰ったら『ジャンニ・スキッキ』の物語を、ぜひ、調べてみてください。どんな物語かを知ると、この『終の信託』のお話がもっと好きになります。僕も原作を読んだ後に調べてみて、いっそう好きになりました」。
これからご覧になる方も、ご鑑賞後には『ジャンニ・スキッキ』の物語を調べてみましょう。ご鑑賞後、ですよ。

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昨年ご来館くださったときの写真でスミマセン...
(試写会では写真が撮れなかったのです...)

 

●『終の信託』公式サイトはこちら
●最近の私の大好物「週刊周防正行」(インタビュー動画です)はこちら
 観るとますます周防ワールドのトリコに! でも噴き出し笑いにご注意を!

学芸員:中野