記念館の展示・建物 ― 企画展
企画展 「旅の時代 ― 伊丹十三の日本人大探訪 ―<2015年12月7日(月)終了>
  • 旅の時代

    これは特に都会に住んでいる人たちについていえることなんだけれども、
    旅に出て、日常の雑事から解き放たれると「感じる力」が恢復する。
    これはとても大事なことだと思うのだ。

  • 旅の時代

    大地や海から切り離されてしまった都会の文化というものが、
    いかにはかないものであるか。
    われわれ都会人というものが、本質的に根無し草であるということを、
    しみじみ思い知らされる、という体験も、ときには無駄ではないと思うよ。

  • 旅の時代

    旅をする心を持つ人にとっては、近所を散歩して、
    見知らぬ道にふいと踏み入ることすら旅であるだろう。

  • 旅の時代

    旅とは自分の心や他人の心と出会うことだ。
    旅に出て、仕事や、用事や、テレビや、電話を堰き止めてしまうと、
    思いがけず自分の心が姿を現わす。
    そうして君は、自分の心とゆっくり時間をかけて語りあう。

  • 旅の時代

    心を空しくして旅をしてみよう、と僕は思った。
    心を、真っ白いスクリーンのようにして旅をしてみる。
    スクリーンに写し出されるこもごもの風景を、
    僕はひたすら感じようと思いたったのだ。

  • 旅の時代

    思うに、私にとって旅とは、本物の人間に出会って
    完全に敗北する悦びなのではあるまいか。

伊丹十三には、テレビや雑誌の仕事で精力的に日本全国をめぐり、ときには海外へも出かけ、さらには歴史や心の中にまで分け入って、行く先々で発見した日本人の姿を自らの言葉で語り、綴り、伝えることに没頭した頃がありました。1970年代から1980年代にかけてのことです。
 日本の歴史風土のもとで生きてきた人間が生身から発するある種の凄味は、伊丹十三を大いに刺激しました。そして、人々のいとなみに「日本人とは何者か」を見出す面白さに目覚めた伊丹十三は、駆り立てられるようにまた次の旅に出かけていったのです。

 1984年、51歳にして映画『お葬式』で監督デビュー。
儀式、食、お金、愛、暴力、死――それらを前にしたとき、日本人はどのように振る舞い、どのようなドラマを生むのか?  遺作となった1997年の『マルタイの女』まで、十本の監督作品のどれもが日本人をテーマとすることになりました。

 この企画展では、独自の日本人論を鍛えあげていった伊丹十三の「旅」をご紹介いたします。
 鑑賞者を伊丹十三流の「硬派で愉快な」旅へといざなうような展示…ご旅行でご来館くださるお客様はもちろん、愛媛県内にお住まいのお客様にも、伊丹十三とともに旅するような気分でめぐっていただける展示を目指しております。

「日本人の今」を旅する

 1970年秋に放送が始まった『遠くへ行きたい』。同時録音の面白さを追求するなどの自由で画期的な手法に注目していた伊丹十三は、ひそかに出演を願っていたそうです。はたして、1971年にオファーを受けて4月11日に初出演をとげると、企画段階から積極的に参加し、カメラの前に立てば行く先々で日本人のいとなみをいきいきとリポートして出演を重ねました。

『遠くへ行きたい』第114回「旅のイロハのイ」

『遠くへ行きたい』第114回「旅のイロハのイ」(1972年12月17日放送)
ナレーション原稿

その他、当コーナーでご覧いただける展示品

『遠くへ行きたい』直筆メモ・宮本常一『私の日本地図』 / 雑誌『JJ』「おしゃべりな旅人」切り抜きページ  他

「日本人の歴史」を旅する

 史伝『天皇の世紀』。ドラマ版で岩倉具視を演じていた伊丹十三は、ドキュメンタリー版ではレポーターとして大奮闘。台本ナシの徹底的現場主義を一大方針としたこの番組の中で、斬新な方法で視聴者を歴史の世界にいざない、「日本人がいかに歴史から学ばないか、文化の"檻"を認識できないか」を論じました。

番組で、伊丹十三が常に携えていたという原作の本

番組で、伊丹十三が常に携えていたという原作の本。
装幀、紙の傷み具合から、屋外でも肌身離さず持っていたことが見て取れます。

その他、当コーナーでご覧いただける展示品

『天皇の世紀』直筆ナレーション原稿・書籍『天皇の世紀』・色紙「どの花もそれぞれの願いがあって咲く」 / 『古代への旅』番組案内・直筆ナレーション原稿・古代人の食べものに関する直筆メモ 他

旅路より

 1969年結婚、1972年長男誕生、1975年次男誕生。映画やテレビの仕事で遠く離れると、募る家族への思いを旅先からの手紙にしたためました。
 テレビマンユニオンのドキュメンタリー特番『夢と冒険!アメリカ大横断』に出演した1976年初夏、サンフランシスコからフィラデルフィアまでの長く過酷なアメリカロケで、行く先々から当時4歳の長男・万作君へ宛てたはがきは14通。

おおきな文字とやさしい文章で激励のことばをかける

おおきな文字とやさしい文章で激励のことばをかける。

その他、当コーナーでご覧いただける展示品

ナイロビから妻への手紙 / アメリカから長男へのはがき / はがきスライド 他

伊丹映画が世界を旅する

 伊丹十三の映画の中にはいつも日本人の姿がありました。「文化の檻の中にいることに気付かない日本人の前に、鏡を差し出すような映画が作りたい」「僕の生涯のテーマは異文化体験」と作られた伊丹映画は、日米経済摩擦の当事者というだけではない日本人の物語を「西部劇風」「バディフィルム風」の容れ物に入れて示し、海外でも高く評価されました。

『タンポポ』の海外版ポスター

ハワイ映画祭(1990年)ポスター

その他、当コーナーでご覧いただける展示品

カンヌ映画祭特集雑誌・写真 / シカゴ映画祭・写真 / アメリカ公開版『お葬式』ポスター・アメリカ公開版『タンポポ』ポスター・ハワイ映画祭(1990年)ポスター 他

併設小企画
伊丹万作の人と仕事

 伊丹十三の父、伊丹万作(本名・池内義豊)もまた、有名な映画監督にして脚本家、文筆家でありました。伊丹十三は形見の品を大切に保管し、父が終生愛した松山に記念館を設立しようと計画していました。その予定地だった場所に、現在当館が建っています。
 2010年から2013年まで開催しご好評いただいた「父と子」展を凝縮し、伊丹万作の人と仕事をご紹介いたします。

『タンポポ』の海外版ポスター

芭蕉俳句の手描きかるた

その他、当コーナーでご覧いただける展示品

『無法松の一生』『天下太平記』などの直筆シナリオ / 写真資料 / 日記 / 妻への手描き帯 / 年表 他